第15話 ばいばい、人生
なにが、一体なにが起こった?
俺は今、ありったけの魔力で目の前にいる猿に攻撃しようとしていた。
魔法を打とうとした、その瞬間に、後ろから激しい衝撃を感じて吹き飛ばされた。
目の前の猿は、棒立ちのまま、ニヤニヤしながら俺を見て、いや、違う?
俺の、後ろを見てた?
後ろから近づいてくる、何かを見ていた?
地面が、近づく。
「ぐぅっ!」
なんとか体を捻り、顔面から倒れ込むことは避けたが、左肩を強打した。くそっ、いってぇ。
「はぁ、はぁ、っく」
あまりの痛みに方を抑え蹲うずくまるが、今の状況を思い出しすぐさま立ち上がり、対峙していた猿の方に向き直る。
そしてそこには、2体の、猿。
ああ、そうか。そう言うことか。俺が馬鹿だった。なんで信じてしまったんだ。
あの化物が、あの生けるもの全てを馬鹿にしたようなあれが、真実だけを話す訳が、ないのに。
一対一なんて、そんなルールを守るはず、ないのに。
「グフフ、アオイ、バガ。ヤッバリ、バガ!グフフフフッ!」
ああ、まったく。見るからに馬鹿みたいな顔をした猿に、馬鹿と言われてしまった。そして俺は、それに反論できることなぞなにもない。
悔しい、悔しい、悔しい。痛くて、惨めで、泣きそうだ。
心が、押し潰されそうだ。
「くそがぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!!!!」
「ギギギッ、アゲデ、オドズ。コレ、ジョウシギ。グゲゲッ!」
うざい、うざい、むかつく、むかつく、ゴミが、クソが、馬鹿が、アホが、カスが!
「がぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁああ!!!!!」
「............ジャア、ウルザイジ、モウイイヤ。ダノンダヨ」
化物が言った途端、周りの猿が一斉に俺へと集まる。そして愉しそうに、俺を殴り、蹴り、踏み、引っ掻き、噛み、叩き、打ち、捻り..........
.....................................................................................................................................ダメだ、意識が薄れていく。何も、わかんねぇ。
辛うじてわかるのは、痛いのと、怖いのと。
あとは、そうだな。
煮えたぎる、殺意くらいか。
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「どこだ、ここ」
辺り一面、真っ暗で。唯一見えるものは、はるか遠くに見える一粒の光点のみ。
なんだか、この光景には、とても見覚えがあるのだが。
「あっ。ここさっきまで見てた夢の中じゃん」
そうだそうだ、そうだった。猿どもにリンチにされる前に見ていた夢は、確かこんな風景だった気がする。
というか、思い出した。俺、猿にリンチされたんじゃん。あの状況で生きられるとも思えないし、もしかして。
「ここ、死後の世界ってやつ、なのか?」
だとすると、おそらくあの光の元にあるだろう扉は、差し詰め天国への扉ってことかな。いやまあ、地獄の門の可能性もなきにしもあらずなのだが。
まあ、いいや。リンチされてる間はめちゃくちゃ痛かったし、あれをもう感じないのであれば、死んでたとしても構わない。
とりあえず、この辺りには何もなさそうだし、またあの光を目指して行こうかね。
「..........飛べるかな?」
前は、飛べたよな?歩くのもめんどくさいし、飛べれば楽なんだがっと。
「おお、浮いてる浮いてる」
どこが地面かもわからないのだが、それでも飛んでいるという感覚だけはある。全くもって不思議な感覚である。
まあ、原理なんぞ出来ればなんだっていいのだ。
「んじゃま、行きますかね」
そうつぶやいて、俺は光の方へと飛んでいく。
光の元へ飛んでいく間に、俺は色々なことを考える。
せっかく異世界に来たというのに、たかだか2日で死んでしまった。こんなことなら、地球に残ればよかった。こんなにあっさり死んでしまって、残してきた友達や家族に申し訳が立たなすぎる。
というか、あの占い師がこんなところに飛ばしたのがそもそもの原因ではないか。広翔君は街中に飛ばされたというし。あんな危険な奴らが蔓延っている森の中からスタートなんて、死んで当然ではないか。
ああ、そういえば広翔君たちは無事だろうか。拠点を襲ったやつもあのボス猿と同じくらいの大きさだったし、もしかするとひどい目にあってしまうかもしれない。
いや、広翔君たちなら、きっとあの化け物にも勝てるんだろうな。俺とは違って、きっと力があるのだから。
できれば、俺の遺体を回収して埋葬してくれないだろうか。猿どもに喰われましたじゃ、きっと跡形も残らない。せめて、俺が生きた証を残して欲しい。
色々と、本当に色々と考えた。これが走馬燈なのかはわからないが、もう2度とこうして思考することもできなくなるのだと思うと、いくら考えても、考え足りない。
だが、不思議と足は止まらず(飛んでいるのだが)。俺の体は、鍵穴の形をした光の元へたどり着いた。
「相変わらず、でかいな」
本当に、でかい。前回と同じく、扉に近づくと何故だか地面に吸い寄せられたので、下から扉を見上げているが、15メートルほどはあるのではないか。
前回は、これを開けようとしたら目が覚めてしまったのだが。今回はまあ、死んでるし。そんな心配もしなくていいだろう。
それよりも。
「............この扉を潜ったら、俺、死んじまうのかな」
いや、現実世界の体はきっと既に死んでいるのだろうが、そういうことではなく。
何も考えられなくなって、何もできなくなって、どこにも存在しなくなって。そうやって、死んでしまうのかと。
死にたく、ない。地球にいた頃の俺は馬鹿だった。いざ実際に死ぬとなった時、こんなにも死にたくないと思うのに。何が死にたいだ。ふざけるな。あんなに幸せだったのに。
まだやりたいことが山ほどある。美味しいものたくさん食べたいし、ゲームしたいし、友達と遊びたいし、家族と旅行に行きたいし、スポーツもしたいし、童貞だって卒業したい。
嫌だ、嫌だ、嫌だ。死にたくない。まだ、生きたい。
それでも、俺の体は止まらない。両手を扉に当て、全身の力を使って扉を押し開けようとする。
罰、なのかもしれない。
日本に生まれて。あんなに幸せな生活を送らせてもらっていたというのに。死にたいなんて軽々しくほざいて。あんな怪しい占い師の言葉に惑わされて、それをあっさり捨ててしまった。そんな俺への、罰なのだ、これは。
だから、受け入れるしかない。きっと体はそれがわかってて、だから止まらない。
ああ、わかったよ。わかったわかった。しょうがねぇ。体には、ここまで連れてきてもらったんだ。最後くらい、この扉くらいは、自分の意思で開けてやろうじゃねぇか。
力を、込める。扉は、大きさの割にはそれほど重くなく、少しずつ開いていく。
開いた隙間からは、眩しい光が差し込む。真っ暗な世界に、眩い光が一筋。死ぬ間際に見る光景としては、十分すぎるほどに、神秘的だ。
扉が、人1人分が通れそうな程度に、開いた。あとはここを、潜るだけ。
眩しすぎて、扉の向こう側の景色はまったく見えないけれど、苦しくなければ、嬉しいな。
いや、そんなことも感じなくなるのが、死ぬってことなんだろうけどさ。
じゃあ、行くか。
ばいばい、人生。
「ばいばい、人生って、ちょっと格好つけようとしてる感出ててダサくない?」
「.........................は?」
「いやだから、どうせなら『良い、人生だったぁ!』くらいに格好つければ良いのにってさ、言いたいわけよ」
どういう、ことだ?俺はあの扉を潜って、死んだんじゃないのか?なんなんだこいつは。
もしかして、ここが死後の世界なのか?まじか、天国とかあんまり信じてなかったけど、ほんとにあるのか?
辺りを、見回す。
どうやらここは建物の中のようで、机や椅子やソファやキッチン、冷蔵庫や電子レンジなどおよそ生活に必要なものがだいたい揃っている。広さはそれほど広くはないが、10〜15畳くらいはあるんじゃないだろうか。
そして、その部屋の端、窓際で、椅子に腰掛けながら、陽光を浴び、ティーカップで何かを飲んでいる、謎の男。
いや、その男の顔は、とてもよく見たことがある。だから余計に、混乱する。謎が、深まる。
「な、なんだよ俺の顔ジロジロ見て。確かに俺はイケメンだけど、そっちの趣味はねぇぞ?」
何故ならその顔は、俺の、天水蒼の顔に、そっくりだったのだから。
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