第16話 夢の中
この世には、自分と同じ顔の人間が3人いるという。ドッペルゲンガーというやつだな。
そして、そのドッペルゲンガーにあったが最期、自分は死んでしまうのだという。
まあ、世界の人口70億人。そのうち自分とのそっくりさんなんて、3人どころか10人いたっておかしくないが。それでも、子供の頃はドッペルゲンガーと言う怪談話に怯えたものだ。
そんな存在と、まさか死んだ後に会うなんて、思いもしていなかったが。
「えっとー、ツッコミは?そこまでイケメンじゃねぇよ!とか、そういうことじゃねぇだろ!とかさ。同じ顔ジョークじゃん?ツッコんでくれないと俺がただの寒いやつじゃん?」
「..............うざ」
「うざい!?嘘だろ!?この状況で最初に出てくる言葉がうざいってどういうこと!?」
おっと、つい言葉漏れてしまった。
確かに、扉を潜ったら、無になって死ぬんだと思ってたのに、潜った先は裕福な大学生が一人暮らししてそうな部屋で。
しかもそこには、俺に瓜二つの顔を持っている謎の男がいる。謎だ、何もかもが謎すぎる。
そんな状況で、本来なら『お前は誰だ!』とか『ここはどこ!?』なんて言葉が出るのが普通だろう。
ただ、ウザさがそれを上回ってしまったのだ。許せ謎の男。今から望んでいる反応をして見せようじゃないか。
「こっ、ここはなんなんだ!俺は、死んだはずじゃ..........」
「いや、良いよもう。そんなわざとらしくやられても虚しいだけだよ。じゃ、そこ座って。説明するから」
「お、おう。なんかすまんな」
いやほんと、ごめんて。
少し気まずい雰囲気を感じながら、俺は謎の男が指さしたソファに座る。男が座っている椅子から見て、右の壁際に置いてあるソファだ。
「それじゃあ、何が聞きたい?たくさんあるだろ?全部には答えられないけど、答えられる範囲で答えてあげる」
謎の男は、椅子に座りながら、こちらを見据えてそう言った。そこで俺は、改めて男の顔をよく見る。
見れば見るほど違和感がある。自分の顔が、他の体に着いているみたいで。まあ、体つきなんかもそっくりなのだが。
だが、ただ一つ、決定的に違うところがある。
それは、瞳の色。
俺は正真正銘生まれついての日本人なので、瞳の色は黒なのだが、男の瞳は綺麗な紫紺の瞳だった。純日本人顔なのに、瞳の色が紫紺とか。さらに違和感あってムズムズするな。
「えっとじゃあ、とりあえず。ここはいったいなんなんだ?死後の世界?にしてはロマンのかけらもないし」
「ああ、まずは、その勘違いを正そうか。実はね、君はまだ死んでないんだ」
「.....................え、まじ?」
「まじまじ、大マジよ。だから、さっきの『ばいばい、人生』とかはただの痛い人ってことだね」
「なっ!」
ちょ、言い方ぁ!たとえ事実だったとしても言い方ってもんがあるだろぉ!?
てか、死んでないのかよ。あの状況、助かるわけはないと思うんだが?
「で、ここがどこかって質問だけど。ここはね、君の意識の中さ。まあ、君も言ってたけど、夢みたいなもんだね」
夢の中、か。それはまた、反応に困るな。
「夢の中って言うけど、じゃあ俺は今どっかで寝てるのか?あの状況で、俺はどうやって助かった?」
「ああ、ごめん。言い方が悪かったね。別に助かったわけじゃないんだよ。君は今も、あの猿どもの真ん中でボコられてる。で、ボコられてる途中で意識が飛んだから、こっちにきてもらったわけ」
嘘だろ。まだ現実世界の俺はあの猿どもにリンチにされてんのか。てことは、この夢から起きたらまた痛みが襲ってくるってことか?帰りたくねぇー。
この夢から覚めて現実世界に戻ったところで、俺があの猿どもに対抗できるわけではないのだ。ならばこのまま安らかに死ぬのも、ありではないか?
「えっとさ、何考えてるか大体わかるけど、ちゃんとあっちに戻ってもらうからね?君に死んでもらっちゃ俺も困るんだ」
「戻るって、あそこにか?おいおい、やめてくれよ。知ってんだろ?猿どものおもちゃになるのが、どんだけ痛くて苦しかったか。はっ、さてはお前、悪魔かなんかか?」
「いや、悪魔じゃないけど........。別に、俺だってそのまま返そうと思ってるわけじゃないよ。ちゃんと元の世界で生きられるようにしてあげる」
「おお!まじか!?助けてくれんのか!?」
「さっきも言ったろ?君に死んでもらっちゃ困るんだ。君が死ぬと、君の精神世界に住んでる僕も死んじゃうからね」
なるほど。確かに。ここが俺の意識の中だって言うなら、俺が死ねばここは消えるわけだ。だって俺の意識が消えるんだから。そうすると、ここに住んでるこの男は消えてしまうと。だから、助けてくれると、そういうことだな。
「で、俺が助かる方法ってのは、いったいなんなんだ?」
「切り替え早いね君........。えっとね、君には、ちゃんと魔法を使えるようになってもらう。そうすれば、あんな奴らゴミも同然だよ」
「魔法?いや、魔法なら、メルに教えてもらって使えるようになったぞ?」
そう。自称大魔法使いのメルに教えてもらい、俺は魔法が使えるようになっている。それでも、あんな化物に勝てるなんて思えないんだが。
「あはは、魔法が使えてるって?あれで?甘い甘い、甘すぎるよ。コーヒーはMAXコーヒーしか飲めない俺からしても、甘すぎて吐き出しちゃうね」
「.......................うざ」
「また言ったな!?またうざいって言ったな!?良いだろ、少しくらい仕返しさせてくれよ!」
はいはい、ごめんねごめんね。俺が悪うござんした。
「で、魔法が使えてないってのは、どう言うことだ?」
「ぐぅ............はぁ、まあ良いや。君、メルから魔法の使い方を教わっただろ?あの子は魔法の使い方、なんて言ってたっけ?」
「えっとたしか、内魔力をフォリスって器官から出して、外魔力と反応させる、だったか?」
「まあ、すっごい簡単に言えばそんな感じだね。じゃあさ、君。魔法使えるようになった時、内魔力、動かせた?」
「................そう言えば、全然反応がなかったな」
そうだ。ずいぶん前のことのように思えるが、あの時俺はなんの実感もなく魔法が使えるようになった。ただ、魔法の発現自体は出来たので、てっきりそんなものかと思ってたのだが。
「普通はね、内魔力を動かせば、体内で魔力が動いてるなって感覚がちゃんとあるんだ。メルにフォリスあるか確認してもらった時だって、体内に違和感を感じただろ?」
「確かに、そうだな。でも、水球はしっかり現れたぞ?あれは魔法じゃないのか?」
そうだ、確かに俺はこの手の上に水球を出現させたんだ。内魔力が動かせてないってんなら、あれが起きたのはおかしいだろ。
「あの水球は、確かに君の内魔力と空中の外魔力が反応して現れたものだ。だけど、その内魔力は、君が無意識にフォリスから垂れ流していたものなんだよ。無意識に、魔力を、垂れ流している。覚えは、ないかい?」
無意識に、魔力を、垂れ流している。無意識に、魔力を、放出。.........あっ、そうか!
「占い師の野郎に、言われた気がする」
そうだ、俺がこの世界に来ることになった1番の理由。あのクソ占い野郎が言っていた。
『ええ。現在天水さんは、体内の魔力が多すぎて、体外に無意識に放出している魔力が空気中に溶け込めていないのです。ですから、今よりも魔力許容量が多い場所に行けば、魔力は水滴にならず、自然と空気中に溶けていきます』と。
「思い出したかい?君の周りには、常に無意識に放出した内魔力が存在していた。そして、君は魔法を使う時、その元々外に出ていたものを使ったんだ。だから、体内で魔力が動く反応が無かった」
だからか。だから、俺は魔法を使った時に、なんの実感も湧かなかったんだ。
「無意識に放出している魔力は、君の本来の魔力の千分、万分の一にも満たない。それは、ダムの壁から水滴がポツポツと滲み出ているに等しいのだからね。だからこそ、ちゃんと魔法が使えるようになれば、あんな猿ども、ゴミ同然なのさ」
なるほどな。そりゃ、あんだけ笑われても仕方がないかもしれない。
それは、目の前の100円に小躍りしながら、その奥に隠されている1億円に気付いていないようなものだ。違うか?違うな。
「言いたいことは、わかった。それじゃあ俺は、何をすれば良い?特訓するか?」
「そんな時間はないし、そんなことしたって、この件に関してはあまり意味はない」
「そ、そうなんか」
少し、精神世界で修行するってのに憧れていたんだが。ほら、漫画の主人公とか、大体するやん?
「君がやることは、一つ。門を、開けること。それだけだ」
「門を開ける?簡単なのは嬉しいんだが........それだけなのか?」
「そ、それだけ。門を開ければ、君の
「.........わかった。どうせこのままじゃ死ぬんだしな。なんでも良い、やってやるよ」
少し希望が、見えて来た。俺には何をどうやったら解決するのかはわからないが、この男は俺を助けてくれると言っているんだ。言う通りにしてみよう。
「じゃあ、早速君を門のところまで送るよ。準備は?」
「お、おお!いつでもバッチコイだぜ!」
「...........十分テンパってるじゃないか」
うるせぇ!そう言うのは黙って見過ごすのが優しさだろうが!
なんてったって、生き死にがかかっているのだ。そりゃ、体にも心にも、力みは出る。
謎の男が椅子から立ち上がり、目を瞑る。胸の前で手を握り、何事かをぶつぶつ呟いている。何かの儀式みたいだが、これが俺を門へ送るための準備なのだろうか。
俺は無宗教だし、教会なんかにも行ったことはないのだが。
その姿は、窓から差し込む光も相まって、とても神聖で、神秘的なものに思えた。
俺そっくりの顔のはずなのに、すごいイケメンに見えてくる。悔しい。この差はなんなのだ、ちくしょう。
20秒ほど、経っただろうか。男が目を開け、俺の方へ体を向ける。
「準備ができたよ。これから、君は門のところへ送られる」
「わかった」
「ひとつ、言っておくことがあるんだが、良いかい?」
「なんだよ?大事な話は、余さず話してくれよ?」
創作物でよくあるような、思わせぶりなキャラは、現実にはいらない。大事なことは全て話せ?隠し事はなしだ。
「死ぬことを、望まないでほしい」
「へ?」
「だから、死ぬことを、決して望まないでほしい。頼むから、死にたいだなんて、思わないでほしいんだ」
そんなの、思うわけないだろ、と。即答することは、出来なかった。
さっき猿どもにおもちゃにされ、暗闇の世界へ行った時。俺は確かに、後悔したのだ。もっといろんなことを、やっていればと。心残りなど、山ほどあった。
だから今は、そんなこと、死にたいなんてこと、絶対思わない。
それでも、日本で生きてる時は、3日に一回は死にたいなんて思ってて。たかだか大学の単位で、たかだか狭いコミュニティ内の問題で、たかだか、多汗症で、死にたいって、思ってた。
軽々しくは、決して言えない。俺は、2日前までの態度を、心を、気持ちを、生き方を、悔い改めなければならない。
この男の願いに応える言葉は、そう言う言葉だ。
「わかった、任せとけ!」
「うん。任せたよ、アオイ」
「お、初めて名前で呼ん-----えっ?」
ソファに座っていた俺の下に、黒い穴が突然開いた。一瞬、その場に留まった体は、しかし重力には逆らえず、次の瞬間には落下を始める。
おいおい嘘だろちょっと待てよ。送るって、転移とかゲートとか空飛ぶ乗り物とかそう言うのじゃないんですか!?落とし穴とか、扱い雑じゃない!?
「おおおおぉおぉぉぉあああぁぁああ!!」
穴の入り口から、遠ざかる。スピードはどんどん上がり、このまま落ちたら現実に戻る前に死ぬんじゃないかと本気で思う。
「てめぇ、覚えてろぉぉぉぉおおお!!」
辛うじて、落ちていく中で、穴の入り口から男の顔が見える。男が何かを、呟いている。
「アオイ、君がピンチになった時、またおいで。その時には、もっといろんな話ができると良いね」
なんて言っているのかは、全く聞こえなかった。
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