第14話 窮地

 木々の間から姿を表したその化物は、俺の周囲で跪いている猿たちを睥睨し、満足そうに喉を鳴らすと、目線を俺へと固定し、ズシン、ズシンと歩いてくる。


 その威圧感は、周りの100はいそうな猿たちを合わせたそれよりも、はるかに強く。まるで確かな質量があるかのように、俺の体を、心を地面に縛り付ける。


 これは、無理だろ。


 こんなの、人類にどうこうできるような存在じゃないだろ。なんでこんなのがいんだよ異世界。やばいだろ。


 さっきまで、周りの猿たちまでなら、魔法でなんとかならねぇかなと、たとえ強がりでも思たんだが。こいつには、もうなにをやっても無理だとしか思えない。


 あー、くそっ。なんで俺なんだ。他の誰かじゃダメだったのか?俺が1番弱そうに見えたからか?ははっ、そうだったとしたら120点だな。くそっ。


 そんなくだらないことを考えてる間にもその化物はこちらに向かってきており、俺から10メートルほど離れたところで止まり、座る。


 その姿からは、今すぐ俺を殺してやろうというような雰囲気はせず、ただニヤニヤとこちらを眺めているだけ。


 ...........もしかしてまだワンチャンあるのでは?広翔君達が来るまで粘れるのでは?と、少し楽観的なことを考えたその時。


 「オマエ"ノナ"マエ、ナニ"?」


 ..........................................は?


 え...........は?なに、こいつ........喋った?


 猿だよね?でも喋ったよね?やめろ、やめてくれ。もうこれ以上俺の頭をおかしくしないでくれ。


 「ナア"、ナマエ"、ナ"ニ?」


 あああああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!やっぱしゃべってるぅぅぅぅぅぅぅう!!


 なに、なんなの!?もうなんでもありなの!?化物は喋れるようになるのがこの世界の常識なの!?


 「キゴエデ、ナイ?..........ゴロスガ」


 「あっ、あおい!あまみずあおい!きっ、聞こえてるから!だから.........殺すな、いや、殺さないで、ください」


 ゾッとした。この目の前の化物が喋ったことでパニックになっていた頭が、一瞬で引き戻された。殺すという、その言葉に。


 それはまるで、いらなくなったゴミをポイッと捨てるような、そんな気軽さで。あっけなく、何事もないように、俺の存在を消すと言ったのだ。


 怖い。ああ、怖い。


 死ぬこと自体が怖いのではない。


 何も残せず、何も伝えず、何も成せず、死んでいく。俺がいたという事を、何もなかったかのように消される。そんな事を一瞬で考えてしまって、恐怖が、心の奥底から溢れ出してくる。


 「ゲゲッ、キゴエデルジャン。ゲゲッゲゲッ」


 何がおかしいのか、化物はひどく楽しそうに笑う。もともと歪んでいるその顔を、さらに酷く歪ませて。


 「そ、それで。なんなんだ。なんか、用かよ」


 「アア、ヨウ。ソレダ、ヨウダヨ。グゲッ、ヨ"ウガアルノ"サ」


 「だからっ!それは、なんなんだよ」


 「グゲゲッ。アォイ、ゲームジヨウゼ」


 ゲーム、だと?用があるって言うから、わざわざ俺をここに呼び出したわけがあると思ったのだが、それがゲームだと?..........ダメだ、訳がわからない。


 「ゲームって.......なに、するんだよ」


 「ガンダンダヨ」


 化物は、座ったままこちらに身を乗り出し、顔を近づける。生臭い匂いが鼻を抜け、生暖かい風が皮膚を撫でる。ああくそっ、気持ち悪い。


 そして化物は、楽しそうに、言う。


 「コロジアイ、ダヨォ。ガガッ、グゲゲッ!」


 「っ!!まっ、待ってくれ!そんなことのために呼んだってのか!?」


 「...........?チガウゲド?」


 「で、でもさっき用があるって..........それが殺し合いだって.........」


 「.........ア"ーウルザイ。ムガツグ、ムカヅクナァアオイ。シャベレナグジヨウガナァ」


 「違う!違う違う!悪かった!殺し合いだな!?わかった!やろう!」


 がーーーーわっかんねぇ!こいつの情緖がわからねぇ!何言ったら殺されるかわからないから、発言するたびに心臓が止まりそうになる!


 「グゲッ。ルールハガンダン。オレノ、モノド、アオイ、ノ、イッダイイヂ。ゴロゼバ、カヂ。ジネバ、マゲ。バガデモ、ワガル。グゲゲッ」


 「わ、わかった」


 くそっ、結局こういうことかよ。一対一で戦わせて、俺が無様に弱っていく姿を見て愉しむってことだろ?最悪だ。


 一対一で勝てるかもわからないのに、それが100は、下手すればもっといるかもしれない。一体倒しても次、倒しても次、次、次、次.........。絶対にいずれ死ぬ。


 それでも死にたくないからと、泣きながら、吐きながら、血を流しながら、そうやって心も体もボロボロにしながら、俺が最後まで足掻くのを、愉しむ。


 本当に最悪の死に方だ。20年間生きてきて、最後が猿を喜ばせる余興で死ぬなんて。人間としてこれほど屈辱的なことはない。


 俺は一体、なんのために生まれたんだ。


 「ジャァ、ハジメルヨ"?イイ?」


 「まっ、待ってくれ。もうちょっと、心の準備を..........」


 「イィヨネ"?」


 「っ、あ、ああ。だ、大丈夫だ」


 俺が天を仰いで、絶望的な想像をし、悲劇的な不運を嘆き、根源的な自分を見失いかけている間に、どうやらゲームとやらの準備は終わったようで。


 気づけば、俺の周りには半径15メートルほどの空白地帯ができており、猿達は綺麗な円になって俺を囲んでいる。化物猿も、その円の外へ出て行っている。


 そして、俺の目の前には身長60センチほどの猿が、ボス譲りのこれまた不快な笑みを浮かべて、そこに立っていた。


 準備をせかされ、心の準備なんてこれっぽっちもできてはいなかったのだが、いよいよ殺し合いが始まると言う段になって、覚悟も決まってきた。


 いや、覚悟が決まったと言うよりかは、どうせ死ぬのなら、一体でも多く殺してやろうという、半ば投げやりなものなのだが。


 それでも、心の重さを投げ捨てた体は、少し軽くなった気がする。


 「ジャァ、イグヨ」


 化物が、言う。


 ああ、いよいよ、いよいよ始まってしまうのか。俺が主演の殺人ショーが。


 怖くて、恐ろしくて、それでも殺意だけは負けない。


 絶対に殺してやるのだ。一体でも多く、このクソどもを地獄に送ってやるのだ。


 幸い、最初の相手は60センチほどの猿と、それほど大きくない。きっと俺のことを舐めている。ありがたい。


 さぁ、魔力を起こせ。イメージするは破壊の象徴、爆発。この憎き奴らの首を飛ばせるくらいの、火力。地球生まれ科学育ちの俺の爆発のイメージは、この世界の人たちよりも数段上だ。


 殺意を、込めろ。


 「ヨーイ、ハジメ"」


 「死ねぇぇぇぇぇぇぇぇ!!!!!」


 開始と、同時。


 目の前で余裕そうにしているバカ猿に向けて、魔法を、放---------


 ドゴン!


 「ガッ、ハッ!」




----------衝撃は、後ろから来た。


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