第10話 メルとお話し

結局、俺の気合いを入れに入れ、入れすぎた結果空回りして滑ってこけた自己紹介は、広翔君の優しい気遣いによって終わりを迎えた。


 『大丈夫です。全部僕に任せてください』と言った時のあの広翔君の表情。


 あの目はきつかったなぁ。ニックさんのこいつ何言ってんだヤベェやつじゃん........って目よりも、広翔君の全てを包み込むような慈愛の表情の方が余計きつかった。やめよう、これ以上考えたって誰も幸せにはなるまい.......!


 まあ何はともあれ、若干名寝てたりトリップしたりで俺の話を聞いてなかったり、てかニックさんと広翔君以外もはやまともな反応を返してはくれなかったのだが、それはともかく。この森を抜けて、安全な街に着くまでは、広翔君達が保護してくれることとなった。うん、結果オーライだよね。


 そんなわけで、俺は今、広翔君達に囲まれて森の中を移動している最中である。


 部隊の形は、上から見ると三角形になっていて、にわか知識だが、確か魚鱗の陣みたいな、そんな形だった気がする。いや、魚鱗の陣は多分軍対軍レベルの話だとは思うが、それの一部隊バージョンみたいな感じだ。


 先頭にはバンズさんが、それの後ろにシロナさんと広翔君、その間に俺が挟まっており、最後列には左からニックさん、メルさん、レナさんの順番で並んでいる。


 先程、テントがあった場所で休んでいた時は明るい雰囲気だったのだが、今はその明るさは鳴りを潜め、なんだか重たくずっしりとした物に変わっている。


 そんな雰囲気の中、慣れない森の中を歩き始めてもう4、5時間ほど経っただろうか。こちらの世界に来るまでは週3で筋トレをしていたので、密かに体力には自信があったのだが、流石に疲れてしまった。


 可愛い子と仲良くお散歩、とかなら全然平気なんだが、さっきも言った通り雰囲気は重く、実体はないはずなのに、重さが肩にのしかかってくるようである。それに加えて、この森。自然が豊かすぎて歩きづらくてしょうがない。


 ただ、俺は今保護されている身だ。見たところ、流石に騎士というだけあってみんな少しも息を乱していない。メルさんやシロナさんなんかは背も小さいし、とても体力があるようには見えないんだが、大したものだ。


 そして、みんなが疲れていないのに、俺が不平不満を垂れるわけにはいかない。ただでさえ迷惑をかけてしまっているのだ。弱音なんて吐きよう物なら、マジで後ろからニックさんに斬られるかもしれん。


 そう思って頑張っているのだが、しかし、やはり俺は素人。疲れていることをプロに隠せるはずもなく。広翔君が、部隊に指示を出す。


「みんな、ここで少し休憩にしよう。周囲の警戒はニック、任せたよ」


「了解」


「........悪いな、広翔君」


「いえ、気にしないでください。むしろ、ここまでペースを保っていられたのにビックリしてるくらいです。本当は、もう少し早く休憩にするつもりだったんですよ?」


 そう言って、広翔君は優しげに微笑む。かーったく、どこまで優しいんだこの子は。くそっ、俺はノーマルだってのに、惚れちまうやろ!


 広翔の休憩の指示が出ると共に、部隊のみんなも各々の体勢で休み始める。


 休むと言っても、地面に座り込んだりするようなことはなくて、荷物から水筒を出して水分補給をしたり、木に背中を預けて休んだりといった感じで、流石に騎士といった感じ。ちゃんとするところはちゃんとしているようだ。


 俺もそれに倣ならおうとしたのだが、広翔君に気にしないでいいですよ、と言われたので遠慮なく座り込む。


 それでも、いつでも動けるように準備はしているつもりだが、俺の周りにいるのは俺なんかよりも何倍も強い人たちだ。俺が過剰に警戒しすぎることはないだろう。むしろ、警戒しすぎて疲弊してしまうことの方が迷惑だ。抜くところは抜かねば。


「広翔君。このペースでいけば、あとどれくらいで街に着くんだ?」


「そうですね。このペースを保てれば、おそらく明後日の夕方には森を抜けられるかもしれません。森を抜けたら街はすぐそこなので、その日の夜には着けるはずです」


「.......そうか」


 嘘やろ、このペースで歩いてもそんなにかかるの?さっきのところからもう半日分くらいは歩いてると思うし、てことはさっきの所から数えると全部で3日くらいかかるってことだよな?おいおい、この森どんだけ深いんだよ.......。


 てか、正しい方向に歩いたとしても街まで3日もかかるようなところに飛ばしたのかあの占い師。くそっ、いつかキッチリ落とし前つけさせてやるけんのぉ.......!くくっ、武者振るいが止まらんぜよ!


「心配しないでください。必ず、僕が蒼さんを無事に街まで送りますから」


「ん?あ、ああ。ありがとな」


 俺が俯いてあの占い師にいつか復讐してやると固く誓った武者振るいを、これからの日数を聞かされて不安に思って震えていると捉えたのか、広翔君が励ましてくれる。


 それにしても、広翔君はほんとに気を遣ってくれるな。俺としては、別にもうちょっと雑に扱ってくれてもいいのだが。


 なんて言うか、ほら、わかる?自分の友達に誘われて友達以外全然知らないグループの遊びについてったけど、案の定気まずくて自分が盛り上がれない時に友達がめちゃめちゃ気遣って話題振ってくれるみたいな、そういう気まずさがあるのよ。


 あー迷惑かけてるなぁ、来なきゃよかったなぁって、そういう反省で埋め尽くされる時、あるだろ?そんな感じだ。


 だから、俺の扱いとしては『休憩?何言ってるんですか、ないですよそんな物。いいから歩いてください』ってくらいでいいのだ。そしたらまあ、ふぇーんって心で泣きながらもなんだかんだ頑張って歩くし。


 ただ、広翔君は俺に対してめちゃめちゃ優しくしてくれる。それはもう、俺広翔君の専業主夫になろうかなぁって、そんなことを思ってしまうくらいには優しい。


 休憩をしたいといえばいつでもさせてくれるだろうし、お腹が減ったといえば食べさせてくれるだろう。おんぶしてと言ったらおんぶしてくれるだろうし、養ってと言ったら養ってくれるはず。多分。


 でも、それじゃダメなのだ。そんなに優しくしてくれる人に対して、これ以上迷惑はかけられない。だから、俺は俺の意思で頑張らなきゃいけない。


 それは、強制されて何かをやるよりも、遥かに精神力を必要とする。俺は元来より怠け者。こういう努力は、大の苦手なのだが。


 はぁ、まさか俺が優しくされるよりも厳しくされた方が喜ぶ変態マゾだったなんてなぁ.......え、違う?そういうことじゃない?だよね、俺も思ったわ、うん。







 〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜








 あれからしばらく歩き、時刻の程はわからないが、空は次第に青から赤へ、そして今、赤から夜の闇へと、徐々にその姿を変えていく。


 日もほぼ落ちて、もうこれ以上は移動できないだろうと判断され、野営をすることになったのがついさっきのこと。


 指示が出てから、みんなテキパキと野営の準備をし始め、疎外感というか、みんなが働いてるなか何もしないという気まずさから、俺も何か手伝おうとしたのだが、そもそも素人の俺に何かができるはずもなく........俺は1人、体育座りをして空を見上げていた。


 この世界に来てからずっと思っていることだが、こんなにも自分が役に立たない、何もできない人間だとは思っていなかった。


 いや、もちろん、地球で生きてる時には必要になりそうもない知識やスキルな訳で、むしろこの状況で超役に立つ人材ってのもむしろレアすぎるとは思うのだが。


 それでも、日常を過ごしている中で、動画やアニメなどを垂れ流し、無為に時間を消費していたあの日々に、少しでも興味を持っていろんなことに触れていたらと。そんなことを思わずにはいられない。


 はぁ、と。自分の中で悶々と渦巻く自己嫌悪のような感情を、深いため息と共に吐き出して、そんなマイナスな思考を打ち切る。


 過去は過去。今は今。過ぎたことを悔やんでも過去が変わるわけじゃないし、俺が凄い人間になれるわけでもない。


 それよりも、役に立ちたいなら今何をするかだ。まったく、よく聞く言葉だが、今ほど心に染みた瞬間はない。


 よし、落ち込んでないで、さしあたってはみんなの作業を見学して自分もできるようにしよう、と。そんなことを思って、上に向いていた視線を下に戻すと、自分の作業はあらかた終わったのか、そこではちょうどメルさんが休憩していた。


 おお、ちょうどいい。今ならメルさんも暇そうだし、仲を深めるチャンスだ。仲良くなって、できれば質問なんかを気軽にできる関係になりたい。よし、そうと決まれば、レッツトーキングタイム!


「あの、メルさん、ですよね?改めまして、俺、天水蒼あまみずあおいって言います。よろしくお願いします」


「あ、どもども。自分はメルって言うっす。こちらこそ、よろしくっすよ、アオイさん」


 おお、割と緊張しながら話しかけたが、メルさん結構フランクに返してくれたな。それだけでいい人そうだと思ってしまう俺は、ちょろいのだろうか。


「あ、それと。アオイさん、自分より年上っすよね?そしたら、敬語なんていらないっすし、気軽にメルって呼んでくれていいんすよ?」


「え、ああ、そう?」


 ふむ、たしかに、メルさんからは後輩力とも言うべき不思議な何かを感じる。まあそれに、敬語のままじゃあ縮まる仲も縮まらん。ならば、ここはお言葉に甘えよう。


「えっと、わかった。ありがとな、メル」


「そうそう、そんな感じっす。それで、自分になんか用が?」


「あー、その、だな。俺みんなに気遣われてばっかだし、何か俺にもできる仕事がないかなって思って.......」


「アオイさんにできることっすかー。んー.............ないっすね」


「ですよねぇ」


 まあ、わかってはいた。俺が今から学んだところで、俺よりもよっぽどうまくこなす人がもうすでにいるのだ。俺がやる意味など、微塵もないだろう。


「他になんか聞きたいことはないんすか?今なら暇っすし、なんでも聞いてくれていいっすよ」


「んー、それじゃあ。メルはこの部隊だと、どんな役割になるんだ?」


「自分の役割、っすか?そーっすねぇ。一応、この部隊ではメイジになるっすかね」


「メイジ?」


「簡単に言えば、魔法の専門職っすね。剣とか槍とか、そーゆーの振り回すいわゆる前衛ってやつじゃなくて、それの後ろから魔法を打って敵に大ダメージを与える、みたいな。そんな感じっす」


「おお!魔法使いか!すげぇな!」


 そうか、メイジって最初はあんまりピンと来なかったけど、そう言えばそんな役回りの人のことをそう呼んでた気がする。確かゴブリンメイジとか、そういうのいたよね。


「ふっふっーん。そうっす、自分こう見えて凄腕のメイジなんすよ?」


「おおー」


 おお、なんてドヤ顔。背が小さくて顔も童顔で胸も薄く.......ゲフンゲフン!えっと、胸も可愛らしいため、まるで子供が威張ってるみたいで大変微笑ましい。ついこう、頭を撫でてしまいそうになる可愛さだ。ふむふむ、非常によろしい。


 それにしても、魔法か。広翔君が出していた光球だったり、姿を隠す結界だったり、果ては、世界をつなぐゲートだったり。俺は、これまでに何回か見てきている。


 広翔君が言っていたが、この世界ではみんな魔力を持っていて、魔法なんかも使えるのだと。だから、魔獣みたいな超危険生物と戦うことができるのだと、そう教えてもらった。


 だから、この世界で生き抜くためには、いずれ俺も魔力が使えるようにならなければならないわけだが。ちょうどいい。メルがそれの専門ってんなら、教えてもらおう。


「えっとさ、メル。俺もその、魔法ってのを使ってみたいんだが、教えてくれないか?」

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