第11話 魔法

 

「魔法を教えて欲しい、っすか。ふふん、アオイさんはお目が高いっすねぇ。いいでしょう。この大魔法使い、メルリディア・ディ・フランヴァールが、アオイさんに魔法とはなんたるかを教えてあげるっすよ!」


「お、おお。よろしくな」


 いきなりテンション上がったな。とても自慢げな顔で、むふーっと息を吐いている。さっきから似たような雰囲気を漂わせているが、もしやこの子、褒められるとすぐにテンション上ってっちゃうタイプなのか?この子、絶対合コンとか行っちゃダメなタイプだ。広翔君、ニックさん、ちゃんと見ておくんだぞ!


「それじゃあまずは最初に、魔法を使うためには条件があるっす。それがないことには、どんだけ頑張っても魔法は使えないっすよ」


「へぇ、そんなのあるのか。んで、それは一体なんなんだ?」


「それはっすね。ずばり、魔力とフォリスっす」


「魔力と........フォリス?」


「そうっす。この2つが有れば、基本的には魔法が使えないことは無いっすよ」


 魔力、というのはわかる。それは、俺がこの世界に飛ばされる原因にもなったものだし、この世界に来てから、ずっと感じているものだ。


 だが、フォリスとはなんだ?俺はそんなもの、見たこと聞いたこともないんだが。


「その、魔力ってのはわかるんだが、フォリスってのはなんなんだ?」


「おお、魔力はわかるんすね。えっと、フォリスと言うのはっすね、いわゆる魔力を出し入れする器官のことっす」


「魔力を出し入れする器官.......なるほど?」


 なるほどわからん。どう言うことだってばよ?と、頭にハテナが浮かんでいるが、メルも俺が異世界人だということはわかっているので、もう少し説明してくれるようだ。


「人間も、亜人も、それこそ魔獣も。魔法を使うものはみんな、このフォリスってやつを持ってるっす。これが無いと、体の中の魔力と外界の魔力が行き来できなくなるんす」


「お、おお?なるほど。つまりは、肺みたいなもんだな?」


「おー、そうっすね、そんな感じっす。ただ、フォリスは肺みたいな臓器とは違って、人によって部位が異なるっす」


「部位が........異なる?どういうことだ?フォリスってのは、一つの器官なんだろ?」


「あー、正確には、『魔力を出し入れできる肉体の部位』のことをフォリスって言うんす。例えば、自分だったら両手だったり、他にも人によっては鎖骨や頭蓋骨や指や尾骶骨、鼻や目や口や首だったりして。まあ、体の部位だったらどこでもフォリスになり得るっす」


「はー、なるほどねぇ........」


 それはまた、面倒くさいシステムだな。骨だったり、口や鼻などのいわゆる『部位』だったり、指や両手なんてのもカテゴリーが違うような気がする。一体何で分けられているのやら。


 ただ、今はそんなことどうでもいいのだ。俺にフォリスがあるのか無いのか、まずはそこが最優先。これで俺にフォリスが無いなんてことになったら、俺は一生広翔君に養ってもらわねばならないのだからっ!


「それで、メル。フォリスがなんなのかってのはわかったんだが、それは異世界人の俺にもあるものなのか?」


「同じ異世界人のヒロカ隊長にもあることっすし、アオイさんにもあると思うっすけど......一応確認しておくっすか?」


「お、お願いします」


「それじゃ、少し背中触らせてもらうっすよっ、と」


 そう言って、メルが俺の背中側に周り、両手で俺の背中に触れる。わー、可愛い子がこんなに近くに、なんて感想がでかかるが、しかし直後に感じた身体の中の違和感によって、そんな思いは一瞬で流される。


「どうっすか。多分今体の中のどこかに違和感があると思うんすけど、どこに感じるっすか?」


 んー、どこ、か。どこって言うか、その。


「無いんだけど」


「なんすか?」


「だからっ!特別強く感じるとことか無いんだけど!」


 なんで!?ねぇなんで無いの!?全身、体中に違和感あるけど、どこも同じようなもんなんだけど!


「あー、やっぱりそうっすか」


「やっぱりってなんだよ!?ねぇ、これって俺フォリス持ってないってこと!?魔法使えないの!?」


 そんなことになったら俺どうすればいいんだよ!せっかく異世界に来たのに肝心の魔法使えないとか。魔法使えなかったら、この世界では多分仕事はいいやつ受けられないだろうし、お先真っ暗じゃ無いかぁ.........。


「安心するっす。アオイさんは、フォリス持ってないわけじゃ無いっすよ」


「.........え、ほんと?」


「ほんともほんと、マジもマジっす。だってアオイさん、全身、体中に違和感感じてるんっすよね?」


「え、ああ、うん。そうだけど」


「じゃあそれ、アオイさんは『身体全体』がフォリスってことになるっすよ。良かったっすね、超つえーっすよ、それ」


「...................え?」


 『身体全体』が、フォリス?え、フォリスって身体の一部位なんじゃ無いの?それが全体?それって、それって


「それって、おかしくない?」


「おかしいっす。でも、大丈夫っすよ。前例がいるんで」


「あ、そうなの?」


 そういえば、俺が全身に違和感を感じているわかった時も、メルは『やっぱり』と言っていた。それはつまり、ある程度この結果を予想していたと言うことだ。てことは、前例があるって話も、おかしなもんじゃない。


「そうっす。てゆーかまあ、ヒロカ隊長のことっすけどね、それ」


「え、あー.............なるほど」


 だからか。だからメルはこの結果をある程度予測していたのか。そらそうだよな。同じ異世界人である広翔君が全身フォリス人間なのだ。俺が同じようなタイプってのも予想はつくだろう。


 もちろん広翔君が特別だったということも考えられなくはないだろうが、それでも異世界人なら同じ結果が出てもおかしくないってことだな。


 まあ今はそんな、俺がフォリフォリの実を食った全身フォリス人間だったことより何よりだ。大事なのは、ただ1つ。


「俺、魔法使えるんだな.......!?」


「っす。しかも、素質はピカイチっすよ」


 んーーーーーー、やったぜ!ついに!夢見た!念願の!魔法だぁぁぁぁぁぁぁぁ!!




 〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜






「で、落ち着いたっすか」


「あ、はい」


 自分が魔法を使えるという事実に胸をときめかせてしまった俺は、しばらく1人でその喜びを噛み締めていたのだが、メルの「早く次の話行きたいんっすけど.......」という視線によって正気に戻った。


「それじゃあ、アオイさんに魔力とフォリスが無事に存在したってことで、次は実際に魔法の使い方を説明するっすよ」


「おお!ついにか!」


 魔法かぁ。いやほんとに、地球に居た頃にはお伽噺だとしか思ってなくて、それでも何回も自分もできないかな、なんて虚空に手をかざして「ふんっ、はぁ!」とやってみたりしたこともある、あの魔法かぁ。


 それが実際に自分にも使えるなんて、未だに感動の波が収まらない。


「魔法の使い方なんすが、シンプルに行くっす。小難しい理論みたいなのもあるにはあるんすが、そんなのわかんなくても使えるっすからね」


「うむ、その方針で頼む」


 生憎と今の俺には無駄なものを頭に詰め込む余裕はないのだ。知らなくても使えるというなら、知らなくて良い。


「魔法ってのは、簡潔にいえば自分の中の魔力、いわゆる内魔力を外の、つまりは空中にただよっている魔力、こっちは外魔力っすね、と反応させて起こすっす」


「ふむふむ」


「例えば、何かを爆破したいとするっすよね?そしたら、自分の中の魔力の一部を爆破の属性に置き換えるっす。で、その爆破の属性になった魔力を、フォリスを通じて外に出し、そこで触れた周囲の魔力と反応させて、そのあたり一帯の魔力の属性を爆破一色にするっす。そうすればあとは、反応した魔力の量に応じてボッカーンっすね」


「なるほどぉ.........」


 例えが何やら物騒だが、なんとなくイメージはつくな。


 つまり、俺の魔力の総量が100あったとして。魔法で火を熾したい時には、まずは自分の100の魔力の内、10くらいを火を熾せる魔力に変換する。で、それが外魔力に触れると、俺の内魔力を起点に周囲の魔力も火を熾せる状態になるわけだ。もちろん、自分の魔力を20使えば、範囲はさらに広がるだろうし、威力も高くなるのだろう。


「自分で整理してみて、なんとなくわかったぞ」


「おお、早いっすね。さっきから思ってたんすが、アオイさんって見かけによらず優秀っすよねー」


「おいこらちょ待てやこら。それ褒めてるんだよな?メインが俺の外見批判とかじゃないよな?」


「あはは、やだなぁー、当たり前じゃないっすか」


 それはどちらの意味の"当たり前"なのかきっちり問いただしたいところだが、今はそうではなく。


「それよりも、魔法だ魔法。理屈はわかった。あとは、どうすれば使えるようになる?」


「あー、そうっすねぇ..........。アオイさん、もう魔力を感じ取ることはできてるんすか?」


「ああ、多分、一応はな。空気中にあるやつなら、なんとなく」


「なるほど、じゃあ内魔力の方はどうっすか?」


「内魔力、ねぇ........」


 内魔力の方は、自分の中にそんなものがあるというのが上手くイメージできていないからか、あまり感じられない。


 だがそれでも、さっきメルが俺のフォリスを調べる時に体に走った違和感みたいなやつがまだ体に残っている。おそらくこれが、内魔力なのだろう。


「まあ、なんとなくは感じられるかな」


「ふむふむ、なるほど。そしたら、一回試しに自分が手本を見せるっすよ。その後に、アオイさんにもやってもらうっす」


「わかった。よろしく頼むよ。」


 百聞は一見に如かず、ってね。昔の偉い人の言葉だが、至言だね。スポーツでもゲームでもなんでもそうだが、目がいい人ってのが1番伸びやすいのだ。それは単に、遠近の視力の問題ではなく、注目すべきポイントが良かったり、動体視力が良かったりという話だが。


 だから、見る。自称だが、大魔法使いのメルさまによる魔法の実演だ。こんな機会、なかなかないだろう。


 まあ生憎、俺はまだ魔力を見るとかそういうことはできないんだが。そこはフィーリングだな、フィーリング。とにかく、魔力の流れってのに気をつけよう。


「ではでは、行くっすよ。準備はいいっすか?」


「いつでもいいぞ」


「それでは」


 そう言って、メルは左の手のひらを上に向けたまま、俺の目の前に持ってくる。そしておそらくゆっくりと、自分の魔力を操作している。見えはしないが、何かモゾモゾとした感覚を、メルの手から感じるのだ。そうして、俺にわかりやすいようにゆっくりと魔力を動かした後------


「ほいっ」


 と気の抜けた声と共に、メルの左の手のひらの上に、直径30センチメートルほどの水球が、突如として出現した。


「お、おおぉ。これが魔法かぁ。」


 改めて目の前で見ると、何が何だかさっぱりわからんな。俺が今まで生きてきた常識じゃ、空中にいきなり30センチメートル大の水球が現れるなんて、到底信じられない。


「できるだけわかりやすいようにやったんすけど、なんとなくわかったっすかね?」


「ああ、うん。大丈夫、ちゃんと感じられたよ」


「それなら良かったっす。じゃあ、さっそくアオイさんもやってみるっすよ」


「おう」


「って言っても、流石に最初からはできないと思うっすけど」


「まあ、そりゃそうだよな」


「うっす。多分、内魔力もあんまり感じ取れてないっすよね?そこはもう、時間をかけてやってくしかないっすけど........まあそれを実感してもらおうというのが狙いっすね」


「なるほどなぁ」


 まあ、できないことは最初からわかっている。ただ、やってみて、どこができてどこができないのかを確かめることは非常に大切だ。これからの課題がしっかりわかるからな。そういう意味でも、まずは最初にやってみる、というのが大事なのだ。


 うし、それじゃあいっちょやってやりますか。


 とりあえず、火とかは危ないし、メルがお手本で出してくれたような水球を出してみよう。


 左手で右手首を掴みながら、手のひらを上に向ける。目を閉じて、深く息を吸って、吐いて、集中する。


 そして、イメージする。先程この目で見た、いや厳密には見えてはないので、肌で感じたメルの魔力の軌跡を、今度は俺の体の中で再現する、そんなイメージ。


 内魔力が外に出て、周りの魔力を巻き込み、水球と化すイメージ。何もないところから水が出たわけではなく、魔力が引き換えとなって水が出てきているというイメージ。そうやって、魔法はただの超常現象などではなく、きちんと理屈の上で成り立っているのだというイメージ。


 イメージ、イメージ、イメージ、イメージイメージイメージイメージイメージイメージイメージイメージイメージイメージイメージイメージイメージイメージイメージイメージイメージイメージイメージイメージイメージイメージィィィィィィィィイイイッッッッ!!


 出でよ、水球!


「はぁっ!」


 そんな気合の入った声とは裏腹に。俺の中で魔力が荒れ狂ったり、グルグルと渦を巻いて外に放出されたり、体の底から膨大な魔力が溢れ出すなんてこともなく、俺の内魔力はうんともすんとも言わなかった、のだが。


 何故か、俺の掌の上には水球が現れた。


 メルが出したものよりも一回りほど小さく、大きさは20センチメートルほどのものではあるが、確かにそこに浮いている。


 正直、初めて魔法を使う時は、苦労イベントだったり努力イベントだったり、体の全てが組み変わるような覚醒イベントがあったりするんじゃないかと密かに期待していたんだが。


 というか、そもそも俺はまともに内魔力も感じ取れてないし、当然内魔力を操作するなんてこともできないし、ただ水球が出ることをイメージしただけなんだが........。


「できちゃった」


 いや、嬉しいんだけど。あっさりすぎて感動が薄れるよね!

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