第4話 花火大会

来週、花火大会と書かれたチラシが、回覧板に挟まれていた。

「もうそろそろ花火大会の時期よね。楽しみだわ」

 机を台拭きで拭きながら鼻歌を歌う母。その姿を眺めながら僕は相槌をうつ。

「そうだよね。僕は受験勉強があるからいけないけど。お母さん、お父さんと行ってきたら?」

「そうね。お父さんと……頼んでみようかしら」

 食卓に並べられる料理。

 ほろほろとしたジャガイモが乗った肉じゃが。出汁が深くて何度も啜ってしまう豚汁。炊き立てで湯気がでている白米。

 父がリビングに現れた。片手に新聞を持っている。

「いただきます」

 箸を持って食べ始める。

「食事だけは張り切って食べやがって」

 父の嫌味に、体が反応して動きが止まってしまう。毎日、こんな嫌味を吐かれている。もうそろそろしんどい。

「お父さん」

「なんだ」

 母の強気な口調に、父も一瞬たじろいだ。

「玲は……いじめられているんですよ。クラスの子から」

「……」

「少しは私たちも今の玲の状況を理解してフォローしてあげましょうよ」

 その母の予想外の言葉に、僕は感動しそうになる。

 父の表情が一瞬曇る。

「だからなんだ?」

 立ち上がって、書斎へと戻っていく。

「ごめんなさいね。玲。お母さん、力になれなくて」

 僕は首を横に振った。

「大丈夫だよ。ありがとお母さん」

 肉じゃがを頬張る。出汁の甘味が口いっぱいに広がったが、なぜか美味しく感じられなかった。


 次の週。

 勉強机に広げた参考書を片付けて、僕は一息つく。母が作ってくれた夜食のおにぎりを一つつまむ。

 響く花火の音。カーテンをあけて外の様子を見ると、打ち上げ花火が上がっていた。

 色彩豊かな花火に、魅了された。

 そしてふと思った。彼女——明日花はどうしているのだろう、と。

 膵癌を患っている明日花は、人生最後の花火を見てどう思うんだろう。

 もう一つ、おにぎりをつまんだ。

 そういえば彼女の電話番号、聞いていたんだっけな。

 充電中の携帯を手に取って、僕は明日花に電話をかけた。

 三コール目で繋がり、明日花の上擦った声が聞こえる。

「もしもし、玲くん。どうしたの?」

「いや、今、外で花火花火やってるだろ。綺麗だな、と思ってさ。お前と一緒に見たいからさ。あ、まぁその電話で一緒に、だけどな」

 クサイことを行ってしまったようで、恥ずかしくなる。なにがお前と一緒に見たいだよ。黒歴史だわ。

 明日花は声を出して笑った。さっきの声色は悲観的だったのに、今は上機嫌だ。

「ああ、面白い。まったく、玲くんは素直じゃないんだから」

「なんだよ。その言い方は」

 花火の感想を思い思いに伝え合う。そんな時間が楽しくて、あっという間に花火の終了時間が近づいた。

「ねぇ」

「なぁ」

 僕たちは、後戻りができない言葉を言おうとする。それはこの世界を地獄に変えるのに。

「付き合わない?」

「付き合おうぜ」

 声が重なる。思いは共鳴して、現実を溶かしてしまう。

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