第3話 海

 海に来ている。明日花と一緒に。

「かわいそうだとか思ってるでしょ」

 明日花は波打ち際で裸足になっている。

 遠巻きにその姿を眺めていた。

「なんで分かったんだ?」

「なんとなく。そんな超能力とかじゃないよ」

 僕たちしかいない。今は二人だけの海。

 僕を見て微笑む明日花。

「かわいそうとか、そういう言葉は暴力でしかない。聞くと見下されているって思う。ああ、私、この人にとってただかわいそうな女なんだって。それ以下でもそれ以上でもないんだ、って」

「そんなつもりはなかったんだが」

 僕は水を明日花にかける。はしゃぐ明日花。

「分かってる。だから思うだけにしてね」

「ああ、分かった」

 笑い合う僕たち。


 海の家に来たが、開店はしていなかったので、近くのスーパで買った弁当をベンチに座って食べ始める。

「膵がんってどんな病気なんだ?」

 割り箸を咥えたまま動きが止まる明日花。考えているのだろう。

「膵臓にできる癌で、しかも転移しやすいから死ぬ確率が高いの。しかも初期症状が分かりいにくいんだよね」

「そうなんだ」

 焼きそばを啜る。

 食事中にする話題ではなかったなと、少し後悔する。

「ねぇ、玲くんは夢ってあるの?」

「夢? とくに考えたことないな。とりあえず大学に出て、地元の企業に就職しようかなとは思っているけど」

「私はね。生きること」

「……」

 言葉を失った。明日花はさらりと、頑張っても、叶うことができない願いを口にした。

 次かける言葉を必死に探すも見つからない、明日花はそれを察したのか、

「夢は叶わないからさ。だって子供のときの夢をいまだに持って、それを叶えた人なんてほんの僅か。何万分の一だよ。みんな心のどこかで叶わないと思いながらも頑張ってるんだよ。この世界で」

 さらさらと心に響く言葉を言ってのける。その歳でこんな言葉が出てくるってことは、辛いことも楽しいこともたくさん経験したからなんだろう。

「だから私も頑張る。夢を目標に、糧にしてこの世界を最後まで生きてみせる」

 訪れる沈黙。それを引き裂くようにカラスの鳴き声が響いた。

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