第2話 肯定と否定

家に帰る。築三十年の木造住宅。裏には田んぼがあって、トマトなどの野菜を作っている。

「ただいま。お母さん」

「お帰りなさい。お昼ご飯出来てるわよ」

 リビングに入ると机の上に皿に盛られたおにぎりがあった。

 父親が一つつまんで、咀嚼している。

 母は座るように促す。

 一つつまんで食べる。咀嚼をする度に梅干しの酸味が癖になるほど旨い。自家製の梅干しなのだ。

「今日も公園に行ってきたの?」

「うん」

「ったく、学校にも行かないでフラフラと」

 父の嫌味。胸に突き刺さって嫌な思いをする。

 梅の味が急に萎んだ。

「明日、進路担当の先生が家に来るから」

「……分かった」

 進路担当の岡本先生。僕の大学受験を否定した人。できれば会いたくない。

「お前、進路はどうするんだ?」

 僕は緊張を感じながらも、告白する。

「大学に行こうと……」

「ふざけるなよ。なぁ! 不登校な奴になんで大学に行かせなくちゃいけないんだよ。金の無駄だよ」

 金の無駄。不登校だし、成績も悪いから奨学金は降りない。全て自分で招いた種。分かってる。だけど、なんで俺が? ここまで苦しまなくちゃいけないんだ?

「でも、お父さん——」

「ごちそうさま」

 父は書斎へと戻っていった。

「大丈夫よ。玲くん。お母さんがなんとかするから」

 庇って、守ろうとしてくれる母。僕は知らず知らずのうちに母に呪いをかけていると感じた。もう僕は十八だ。自分のケツは自分で拭かないといけないのに歳なのに……。いつまで依存をしているんだろう。


 翌日。また公園で。

 僕は携帯小説を読んでいた。

 一つの影が忍び寄る。

「玲くん!!」

 急に大声で名前を呼ばれて、とても驚いた。

「夢宮……か」

「明日花、でいいよ」

 異性を下の名前で呼ぶのは躊躇ってしまうが、本人が呼べと言っているのなら、遠慮なく。

「明日花、急に驚かさないでくれよ」

「ごめんごめん。ラムネいるかな、と思ってさ。どうせだったら驚かしてやろうって思ってさ」

 両手にはそれぞれラムネが握られていた。

「いつも持ち歩いてんのか?」

「うん。うち駄菓子屋だからさ。けっこうあるんだよね。ラムネ」

「二人分をいつも、か?」

「そこはあんまり突っ込まないでほしいな。にはは」

 部が悪いのか引き攣った笑みを浮かべる。

 明日花は僕の横に腰掛ける。

「なんか、しんどそうな顔をしてるよ」

「ちょっと疲れててさ。親に色々言われたんだよ」

「そんなんだ。聞いてあげようか?」

「いや、いいよ。大丈夫だ」

 あげよう、だなんて上から目線な物言いに少し腹が立った。

「私も、進路、悩んでるんだ」

「そうなのか」

「私さ、病気を持ってるんだよね。膵癌。こんな突然で申し訳ないけどさ」

 そんな告白に僕は思った。

 かわいそうだな、と。

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