ラムネと膵臓がん

大西元希

第1話 ラムネを持った君に

 夏———

 消える飛行機雲。

 僕は虫籠を持って走る少年の姿を眺めていた。

 僕は安西 玲。高校をサボって今、公園のベンチに座ってぼおっとしていた。

 ベンチの木の感覚。夏の空気。ジメジメとした気持ち。

 そのどれもが僕の夏の思い出を綺麗なものへと変える。

 すると———

「ラムネ、一本いる?」

 女の声が耳に響いた。見上げると金髪で麦わら帽子を被った少女。手には水滴が滴り落ちている二本のラムネ。

「ああ、ありがとう」

 遠慮なくいただく。貰えるものはもらっておけというのが母の教えだった。

 僕の横に腰かける。そして、

「はい、これ君の分」

 と、一本渡される。

 ビー玉の栓を押して開ける。乾いた音がする。ゴクリと喉を鳴らして飲むと、炭酸が喉を刺激する。うまい。

「おいしい?」

「ああ、うまいよ」

「なんで夏って言えばラムネなんだろうね」

「そりゃあ夏に飲む奴が多かったからだろ」

 少女は半分ほど一気に飲み干す。額に汗をかいていて、それが首筋につたりと落ちる。俺はそれを見ていて、少し緊張をしていた。

緊張の正体はわからない。

「なぁ、君の名前は? 俺は安西 玲」

「私は夢宮 明日花。よろしくね」

 少女の瞳は透き通っていて、純粋だなと思った。人の裏なんか知らなさそうだ。

「どうして玲くんはこんな平日の昼間にこんなところにいるの?」

 どう答えるべきか。正直に答えるのもいいが、ここは一つからかってやろう。

「実は俺は幽霊なんだよ。地縛霊っていうの? 公園で殺された怨霊が実像となっているんだよ」

「ふ、ふーん」

 あれ、意外と普通の反応だな。やっぱりこういうのは子供にしか通用しないわな。

 足が少し震えている明日花。

「まさか、俺が怖いのか?」

 明日花が怖がっているので、またからかってやる。

「こ、こ、こ怖がってなんかないし」

「めっちゃ怖がってんじゃねーかよ」

 やばい、すごく可愛い。まるで怯える小動物のようなしぐさ。尊いぞこれ。

「俺は別に幽霊じゃねーよ。からかっただけだ」

「なによそれー。ほんと腹たつー!」

 睨みつけてくる明日花。

 僕は明日花の表情がおかしくて笑った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る