新型コロナの置き土産(もしくは最後っ屁)・その二

 基本的にとても健康に産まれついた私ではあるが、周囲に病弱な人が多く、また食生活や環境の変化にって体調を崩す人が多い環境に恵まれていたので、やたらと健康管理に詳しい人間として育った。多くを端折はしょるが、結果として自分自身は健康診断をオールグリーンで通り、インフルエンザにもかかった事もなく、近年は風邪の菌ですら十二時間以上保持していたことがないというわけだ。


 しかしながら、コロナワクチン三回目の接種券が届いた時、諸々の事情で自覚できるだけの蓄積疲労と多少の体調不良を抱えていた為、接種日を一日延ばしにしていた。それでも、接客業&介護タクシーのメンバーという立場もあり、義務として接種しに行ったのが二〇二二年五月三十一日のこと。翌日から二日間三十八度五分以上の発熱があったのだが、それも大人になってからと考えると、前回の発熱が何時いつ頃だったのかさえ記憶もおぼろである。

 それでも二日で発熱は治まり、「終わった・終わった。さあ、働くぞ」となった数日後、副反応第二段が襲って来た。アレルギー反応による皮膚炎である。

 体の中心付近から始まったそれは、痒い上に痛いという大変困った代物しろものだった。

 痒みというものは、内服薬や外用薬で昼間の内は我慢出来なくもないが、眠っている間は全く話が違う。睡眠中に無意識に掻いてしまえば、その部分の皮膚は簡単にがれ、火傷のようになってしまうのだから、着衣に伴うストレスと苦痛はたまったものではなかった。

 それでも、『働かざる者、食うべからず』を越えて、『生活再建の為に、とにかく働かなきゃ』の状況に至っている為、患部が衣服の下に収まっているうちは、病院にも行かずに勤務に出ていた。それもこれも、二年以上に渡って続いたコロナ不況の為、もはや余分な病院に行っている金銭的余裕もなかったからだ。

 けれども患部が手足に至り、出勤途中の自家用車の中で、ハンドルを握る手と腕に見る間に多数の発疹が発生する状況になってしまえば、さすがにお医者さまに頼るしかなかった。


 診断結果はやはり『アレルギー性皮膚炎』。

 ほぼ被害がなかったのは顔と両足と手が届かない背中の真ん中ぐらいで、他の部分は悲惨な状態だった。受診する前に掻いてしまった部分は、服薬と塗り薬でほぼ治まりつつあるが、火傷痕のような赤班のドット柄と、とても剥がれやすい状態になっている皮膚がクレーター状になっている部分は、なかなか完治しそうにない。その中でも最も問題の個所は、デリケート・ゾーンに発生した傷だった。

 タクシードライバー故に、運転席に座っている時間が長く、常に通気性が悪く、どうしても蒸れてしまう個所なのである。それ故に、皮膚炎は最初にその個所に発生した。それは、当然のことだったのかもしれない。

 初めは、夏場恒例のあせもの類いかと思っていたその個所は、数日の間に見る見る悪くなり、発疹がデコルテから胸部の中央を通りウエストラインに発生して、すっかり炎症化する頃には、五〇〇円玉サイズのクレーターと化していたのである。

 言うまでもないが、男性・女性に拘らず、皮膚が薄く、非常に敏感な部分の傷は途轍とてつもない痛みを伴った。加えて、勤務中には常に自らの体重の圧迫を受け、姿勢を多少動かすだけで擦れ続ける為、悪化しこそすれ快方に向かう訳がない。

 なので、お医者さまに相談をして、褥瘡じゅくそうにも使用するという傷薬をいただいたが、その時には周辺にまだ発疹があったらしく、塗布とふすると激痛を伴うので使うことも出来なかった。それ故に、クレーターはいつまでもクレーターのままで、痛みで眠ることもままならず、ついには「こんなに長期間治らないのはおかしい」ということで大学病院送りになってしまったのである。

 まあ、詰まる所、膠原病等の他の病気の疑いでそうなってしまったのだが、もとが健康過ぎる人間だけに疑いはすぐに晴れ、最初の治療法とほぼ同じ所に落ち着くこととなった。この時点で、クレーターが元凶の痛みや苦痛は数週間に及んでいたが、幸いクレーター周辺の発疹がようやく治まったらしく、そのあとから傷薬を塗布することが可能になり、クレーター周辺もどうにか快方に向かいつつあるようだ。


 しかし、最初の兆候から一ヶ月以上経った今も、毎日各所に新しい発疹は出続けている。初期の頃のように火傷状になることこそないものの、日々皮膚のどこかが痒みを伴ってデコボコの上、医療費が掛かり続け、ほとんど病気になる為にワクチンを受けに行ったようなものだ。


 ただでさえ、明日のご飯の心配をするほど家計が逼迫ひっぱくしている上でのこの状況は、本当に冗談では済まない。それ故に、『新型コロナワクチン接種に伴う健康被害への救済措置』なるものが各自治体にあるのだが、調べたところ、これは『新型コロナワクチン接種との因果関係の証明』が前提なのだ。だが、この件で三ヶ所受診したお医者さまは口を揃えておっしゃったのである。「新しい病気で、新しい薬なので、因果関係は判らない」と───。

 それでも、一応設置されている筈の救済窓口等に当たってみるつもりではいるが、正直、どうなるかは判らない。


 つまり、これらの支援を受けられない人間の経済的逼迫と、正体不明の健康被害が、私にとっての新型コロナの置き土産だった。

 望まぬ災厄の頂き物は在庫過多となっていて、もう真っ平御免なのだが、この短い文章を書いている間にも、とてつもない勢いで第七派がスタートしている。これ以上新型コロナ不況が続いたならば……もしかすると……。


 三年目に入ってなお渦中である現在、決して報道されることはないが、先々『新型コロナパンデミックに伴う関連死』というものが、どのような数値を出して来るのか、知りたいようで知りたくない。我が家庭内でも起こっていることだが、新型コロナウィルスのパンデミックにって貧富の格差は大きくなり、支援を受けられる人達と受けられない人達との格差も断層化した。

 そう、ここに生まれた闇は、夜より深い所に潜んでいるようだ。

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