夜更けにおとなう

 昨夕、仕事を終えて帰宅してみると、廊下の常夜灯の付近───私宛の郵便物を置く場所に、一枚の葉書が置いてあった。

 近年は、確実に連絡を取りたい・取らなければならない場合の連絡は、九十九%メールかLINEなので、郵便物は年賀状でなければDMの類いばかりだ。そこに普通の葉書が一枚───こういう時の私は、相手が親しい人の場合に限り、何故かそれが誰からのどんな連絡か判ってしまうことがある。

 昨夕もそうだった。

(ああ、アイツからだ。そうか、お母さんが亡くなったのか)

 灯りを消した廊下で、常夜灯の光の輪のぎりぎり端に置いてある葉書の送り主が、手に取る前から読み取れるわけではない。ただ、判ってしまうのだ。

 手に取って文面に目を走らせると、予想外のことはなにも書いていなかった。お母さんが亡くなったのは一ヶ月以上前で、四十九日もとうに済んでいるようだった。そんなタイミングで報せて来るあたり、実にアイツらしく水臭い。

 さて、では私はどうしたものか……。


 アイツは、今年で四十周年を迎えた旧友で、親友(と私は思っている)で男だ。かといって、四十年べったりべたべたの付き合いをしていたわけではなく、五年・十年会わなくとも、「おう」とか「よっ」などの声掛けだけで以前と変わらず付き合える相手である。

 幸いなことに、私には女の親友もいて、三十七年来のお付き合いをしている。こちらは、同居のお母さんや弟さんとも仲良しで、友人本人が不在でも、家に上げてもらえるようなお付き合いを続行中だ。

 対して、アイツのお母さんとはあまり面識はない。勿論、長い付き合い故に何度かお目に掛かったことぐらいはあるが、それも数えるほどだ。

 アイツの御両親は、漁港近くで小さな酒屋を営んでいた。歳の離れたお兄さん二人が独立したあとは、一人っ子のような状態が長く続いた。そして、我々が二十代前半の時にお父さんが急逝されたあと、母一人・子一人に近い生活だっただろう。お母さんは、その後もしばらくは一人で店を守っていらっしゃった。

 そんな長い付き合いをしている友人のお母さんと面識が少ないのは、ひとえにアイツにかなりの放浪癖があったせいだろう。友人本人が居ない家には、あまり訪ねては行かないものだ。

 家も仕事も住民票も地元にあるにも拘らず、本人はどこに居るのか判らないというヤツなのだ。出張のこともあれば、放浪の旅のこともあり、いつしか私もどこに行っているのかを追求しなくなった。そもそもアイツは高校時代の部活仲間で、他にも部活仲間がいるので、たまには「アイツと連絡が取りたいんだけど、いまどこにいる?」と訊かれることもあったが、「知らん。どうしてもだったら、あんたに連絡を取るように情報を流すけど、何日か掛かるかもよ?」と答えていたものだ。


 そんなふうに、古い思い出は深い夜に鮮明に訪れるのだ。

 面識の少ない友人のお母さんでも、思い出はある。

 一日のほとんどの時間を、酒屋の店番をしながら過ごしていたお母さんは、編み物の達人だった。手慰みの仕事だとは聞いていたが、売り出したら充分な副収入になると思えるレベルだった。特に忘れられない作品が、太い毛糸で編まれたフィッシャーマンセーターと、人間が三人包まれるのではないかと思える長さの、アラン編みの深緑のマフラーである。

 凄い・欲しい、いやいっそ教えてもらいたい───と、女子集団で騒いだものだが、翌年には姿を消した。アイツ曰く、「着せることよりも編むことが目的なので、余程注意深く隠していない限り、気が付けば解かれて別の物に姿を変えている」のだそうだ。

 そんなお母さんが、店先で編み物をしている姿を見た事がある。ほんの数度───今日、私はアイツ宛てに一つの荷物を送った。小さな桐箱に入った質のいいお線香を一箱。見栄えのするお供えを送っても、お金を送っても、私が水臭くなり・金額面で気にするだろうから、質の良いものを少しだけ。それで、私の気持ちを察してくれるだろう。

 アイツのお母さん、私に、人生で二人と出会えない大切な友人を与えてくださって、本当にありがとうございます。


                             哀悼の意を籠めて

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