震える鼓動に相応しいもの

咲華リラ

路上

新宿駅は、嫌いだ。

あんな人の多い駅は好きになれない。

みんなが、生き急いでいるかのように早足で、つっかえるとすぐに怒る人々ばかりがいる駅だ。

私用のために新宿駅南口を出るとそこにはギターとマイクのみで歌っているまだ、15、6の少女がいた。

――路上ライブ

毎回ここを通る度に何かしらの卵たちを見かけるが心に残った人は、足を止めた人は残念ながらいない。


でも、今日はいつもとは違った。

何故か、1人のその少女には目を離すことが出来なかった。

その少女は騒々しい街に負けてしまうほどの小さな声で名乗り、一礼して、息を吸った。


次の瞬間、私は、音で殴られた。


凄まじい声量に15、6とは思えない声のハリ、音程の正確さに、感情ののせ方。

その全てに殴られた。

私は音楽の専門家ではないし正しいことなんて分かりはしないけど、その少女が天才であることは分かった。

現にその場を通る皆が1度足を止め、その少女を見つめているのだから。

もしかしたら、私が知らないだけで有名な子なのかもしれない。

私は流行には疎いしそんなことだって有り得る。

そう思い、すぐにSNSでその少女の名前を調べた。

でも、ヒットするのは彼女自身のアカウントのみ。


デビューすらもしていないなんて、音楽業界は何してんだと変な憤りすら覚えた。

よく分からない脳汁をドバドバと垂れ流しながら、気持ちのいい高揚感に襲われる。

こんな子がデビューしたら確実に売れる匂いしかしないじゃないか。


痛いほどに口角が上がるのを感じる。

見つけた。まさに理想の、至高の、存在を。


ほら、今も、少女はこの一瞬のために生命を散らし人々を感動させている。

絶え絶えになりながらも紡がれる言葉にはその少女の人生が乗っている

だから、私たちはそれに胸を打たれ、早くなる鼓動を感じ、生きていると実感できてしまっている。


気がついたら私は、その少女の目の前にいて、いくらかお金を置いて、走り書きのメモで感想を述べた。


あぁ、こんな、知らない唯一に出会える可能性がある新宿駅は、


好きだ。

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