第92話
「昨日の夕飯は鍋だったのだ。美味しかったのだ」
「確かに美味しかったなぁ。あ、賭けはうちの勝ちやね」
「賭け? あー、そういえばしとったのだ。今日もするのだ?」
昨日の賭けのことを思い出した桔梗が少しわくわくした表情で見上げると、みどりは首を横に振って笑う。
「あーいうんはたまにするからええんやで。さてと、まぁ晩御飯の話は一旦やめて、とりあえず、目の前の池を作ることを考えようかと思っとるんやけど……、茜、うちらに手伝えることってあるん?」
みどりの言葉に茜は首をぶんぶんとふって元気な声で返事する。
「正直ないです! まぁ、どの程度まで掘ればいいのかとか、範囲とかだけ教えてもらえればそれでいいです」
「あー、なるほど。了解。それじゃあうちと桔梗はお茶でも飲みながらのんびりしよか」
「まぁ、それでもいいのだ。けど、範囲内だけ木の杭でも打ってしまったほうが良いのと思うのだ」
いつの間に用意したのか煎餅とお茶を取り出して休もうとするみどりに、桔梗が提案する。みどりはその提案に少し悩むそぶりを見せたあと頷く。
「まぁ、すぐに終わりそうやし。休憩は先にその後でもええか。茜、一応今いるところが真ん中やから、ここを中心にして進むことだけ覚えといてな」
「なるほど。とりあえず今立っている場所から掘っていきますね」
茜は手にスコップを持ち頷く。そんな茜を見たみどりは頷きつつ、どこからか取り出した木の棒を見せる。
「うん、よろしゅうな。あ、一応目印はこの木の棒を立てとくさかいこれが見える範囲になったら、一旦止めること。分かった?」
「はーい! それじゃあガンガン掘っていきますね!」
元気に返事をしてスコップを地面に突き刺す茜の様子を見て、みどりは表面上は笑顔を見せつつも顔を引きつらせる。
「……この勢いで掘っていくんやったら急いだほうがええかもね」
「うむ、犬の姿になるからみどりもタヌキの姿になるのだ。そうすれば背負って行けるのだ」
「あー、まぁ、せやね。重いとか言ったら怒るから覚悟してな?」
「わ、分かってるのだ。言わんのだ」
背後にゴゴゴと見えるような表情のみどりに、桔梗は慌てたように顔を背けて犬の姿になる。それを見たみどりは満足そうに頷いてタヌキの姿になり桔梗の背に乗る。
「がんがんいこうぜー! そいやー!」
「茜は元気やなぁ。ほないこか」
「うむ、行く場所は分からんから先導よろしくなのだ」
「おんおん」
犬の姿になった桔梗の背でタヌキの姿で地図を見つめるという、かなで達からすると少し微笑ましい構図になったみどりの先導で目的地まで進む。
「最初はこっちやね。止まって欲しい時は止まれって言うから走ってええで」
「分かったのだ」
しばらく走って地図と場所を交互に見てから桔梗のことを止める。
「止まれ。とりあえず最初はここやね。目印に木の棒でも地面に刺そうと思っとったんやけど。あの勢いやと気付かずに通り過ぎそうなんよな。そや、大きな木をはやすことって出来ひんの?」
「うむ? まぁ、やろうと思えばできると思うのだ。でも植物自体がないとさすがに無理なのだ」
「木の棒じゃさすがに無理やろか?」
取り出された木の棒を見た桔梗は頬を指でかきながら首を横に振る。
「さすがに無理だと思うのだ。こういう時こそ、こんなこともあろうかとみたいな感じで出してくれてもいいのだ」
「一回もそんなことしたことない気がするんやけど。まぁ、植物自体は持ってこようと思えば持ってこれるんやけどな。ほい」
「ホントに出てくるとは思ってなかったのだ。うむ、とりあえずこれを地面に置いて。よし、これでいいのだ」
自分で言っておきながら本当に出てくるとは思ってなかったのか、驚いた様子でみどりから小さな木を受け取る。受け取った木を地面に置いて目を瞑って祈るようなポーズで木の前にしゃがむ。
地面に置かれた木は地面に根を張りどんどん大きくなっていく。それを見たみどりは感心した様子で大きくなった木を見上げる。
「ホンマに大きく出来るんやねぇ。さすがにこれなら茜も見えるやろうし大丈夫か。あ、茜には木の杭が見えたら止まることって言ったけど大丈夫やろか。木をなぎ倒して進んだりせえへんやろか」
「さすがに止まる……と思うのだ。うむ、とりあえず近くに木の杭を打ち込んでいくのだ」
「まぁ、大丈夫やろ。うん、次の場所に向かおか」
茜の止まる光景が想像できなかったのか二人して目線を逸らしつつ、木の周りに木の杭を打ち込んで次の目的地に向かう。
「止まれ。ここやね。さっきみたいに木と木の杭を打って次に向かおか」
「うむ。なんかあっちの砂埃がやばいのだ。茜はあの速度で動いて疲れないのだ?」
「肉体的には疲れんやろな。精神的に疲れたと感じないとうちらは疲れた気にならんし。茜は体を動かすことが好きやさかい、疲れることはないんやないかな?」
異常な速度で進み砂埃が立っている方向を見て少し呆れた様子で笑う。
「その代わりに書類整理みたいな頭を使うことはすぐに疲れるのだ?」
「そうやね。こればっかりは体の特性やし、しゃあないんやけどな。それに。体を動かす仕事の時は疲れないのに、頭を使う仕事の時はすぐに疲れるから余計に苦手意識が出てきてる気もするし。悪循環なんよなぁ」
「まぁ、少しずつ慣れていくしかないのだ。いつかは慣れると思うのだ、うむ」
「せやったらええんやけどな。よし、植え終わったし次の場所やな」
またしても大きな木をはやし終えて茜が来る前にすぐに次の場所へ向かう。
「止まれ。こことあと一か所で終わりやな」
「思いのほか楽勝なのだ。それ以外には何もしないのだ?」
「それが終わったら、木の杭と木の杭の間を縄で繋ごうかなと思っとるんよ。分かりやすくなるやろ?」
みどりの言葉に納得したのか桔梗はうんうんと頷く様子を見せる。
「確かになのだ。……縄は持ってきてるのだ?」
「持って来とるよ。結構な広さになるさかい頑張って走らんとな」
またしてもどこから取り出したのか分からない縄を桔梗に見せる。
「どうせなら最初からその縄を使えばよかったのだ」
「まぁ、先に木の杭を打ち込んだ方がええかなって思って」
「うむ、確かに? それじゃあ次の場所まで行くのだ」
「おんおん」
桔梗は少し疲れた様子で縄を持っているみどりの手を見つめる。その視線に気が付いたみどりは桔梗の視線から逃げるように目を逸らす。
「止まれ。ここやね。あ、木の杭やなくて木に縄かけたほうが分かりやすそうやね。よし、桔梗ここに木はやしてくれへん?」
「分かったのだ。大きさはさっきまでのと一緒でいいのだ?」
「ええよー」
軽い返事のみどりに桔梗は先ほどまでと同様に祈りを捧げる。
「これぐらいでどうなのだ?」
「ええ感じ。よし、とりあえず結んで……。あ、タヌキの姿やとむずいわ。これ」
「人の姿に戻ればいいのだ」
「分かっとるよ。ちょっといけるかなって思っただけやん。よし、こんな感じやね。縄持ったまま走ろか」
未だにタヌキの姿のままであったためか、縄をうまく結ぶことが出来なくて苦戦している様子のみどりに、桔梗は呆れた様子で首を横に振る。呆れた様子の桔梗の視線に顔を膨らませて、少しすねた様子で人の姿に戻る。
「意外に疲れたのだ。この広い敷地を二週も走らされるとは思ってなかったのだ」
「あはは、ごめんやん。とりあえずこれでうちらの仕事は大体終わりやね。あとは池と川を繋ぐ道も目印つけとこか」
「確かにそれも必要なのだ。それが終わったらまったりと過ごすのだ」
「そやね。あと少し頑張れば終わりやね」
あと少しで終わると気を抜いていると、茜がスコップを肩に担いで頬に土をつけた状態でみどりの元に駆け寄ってくる。
「みどりさーん。ロープがあるんですけどこの手前まで掘ればいい感じですか?」
「あ、伝えとらんかったわ。そやでー、とりあえずロープで囲んだところまでほっといてな。うちらは池と川を繋ぐ道の目印つけに行ってくるさかい」
「分かりました! それが終わったらまたここに戻ってくるんですよね?」
「おんおん。戻ってくるで。ほな行ってくるな」
茜の言葉に笑って返事をしてから桔梗と一緒に次の目的地に向かう。
「そういえば、深さはどのくらいにするつもりなのだ?」
「おん? あー、魚も養殖するし、ある程度深いほうがええかなとは思っとるけど。人一人分くらいやろか」
桔梗の疑問にあまり詳しく考えていなかったみどりは少し悩んだそぶりを見せつつ答える。
「茜一人で大丈夫なのだ?」
「このペースで行くとすぐに終わりそうなんよなぁ。というか茜一人でやらせた方が多分早いんよ。うちらが手伝えることって目印つけ位やし」
「邪魔になるならしょうがないのだ。茜に任せるのだ」
茜とみどりのやり取りを思い出した桔梗はため息をつく。
「よし、ここから池まで歩いて行こか。木の杭をちょこちょこ打ち込みながら行くことになるやろし、ここからは人の姿のほうがよさそうやね」
「それもそうなのだ。ちなみに川の方角は分かるのだ?」
「川も地図にある程度書きこんどるから大丈夫やよ。このまままっすぐやね。木が邪魔やし刈る?」
「まぁ、とりあえず川と池を繋ぐ道を明確にしてから考えるのだ」
「おんおん。それじゃあ頑張ろか」
池と川を繋ぐ水路の目印をつけつつ川めがけて歩いていく。川と池の最短距離を歩いたからか、思いのほかすぐに川にたどり着いた。
「思いのほか簡単にたどり着いたなぁ。まぁ、これでうちらの仕事は終わりやな。よし、お茶でも飲んでまったりしとくか」
「たしかにそれもいいのだ。みどりお茶欲しいのだ」
「おんおん。これでええ?」
「ありがとうなのだ。いただくのだ」
自分たちの仕事を終えたみどりと桔梗は、たどり着いた川の近くで、二人で温かいお茶を飲みつつのんびりと過ごすことにした。
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