第93話


 桔梗とみどりが川の手前でお茶を飲んでいると、そこにいつの間にか現れた道化の格好をしたおじいさんが現れた。赤と白の派手な姿に似合わない鎌を片手に持ち、非常に怪しげな男は桔梗の姿を見て目を瞬かせる。




「おや、こんなところで珍しいやつと出会えたねー」


「うむ? この声は……。あー、なんでそんな格好をしているのだ? 師匠」




 聞き覚えのある声に後ろを振り向いた桔梗は、派手な衣装に身を包んだおじいさんの姿を見て一瞬言葉を無くし、絞り出すような声でうなだれる。




「いや、ある女の子が僕のことを死神さんだと勘違いしてるみたいだからね。死神らしい格好をしてみようかと。安心していいよ。これはただの草刈り用の鎌だから」


「この人が桔梗の師匠なん?」




 意味の分からない言葉にみどりは少々引き気味になりながら、桔梗のほうを見て問いかけると、それを見たおじいさんが非常に大げさな仕草で挨拶をしてくる。格好も相まってそのままピエロにしか見えない。




「これはこれは、自己紹介が遅れました。僕は桔梗の師匠をしていたおじさんです。気楽に師匠と呼んでください」


「師匠の時点で気楽とは言えん気がするのだ。というか本名は名乗らないのだ?」


「本名も何も僕に名前は無いからね。だから師匠という肩書があったほうがいいだろう? 名乗るときも楽だし、はっはっは」




 まったく感情のこもっていない笑いに、みどりはため息をつきながらも手を差し出す。




「まぁ、それならよろしく。師匠さん」


「師匠さんだなんて、そのまま師匠でいいさ。みどりさん」


「そうは言うてもやな……。おん? うち名乗ったっけ?」




 さん付けで呼んできたみどりと握手をしながら、師匠は軽い調子でさん付けを拒否する。そんな師匠に困ったように頬をかくみどりだったが、その時に名前を呼ばれたことで不思議そうに師匠を見つめる。




「名乗らなくても名前ぐらいは分かるさ。なんてたって僕は桔梗の師匠だからね」


「みどり、気にしたらダメなのだ。というか無駄なのだ。わしも最初にあったときに名前で呼ばれたのだ」


「それは何というか……、まぁそういう物やと思っとくか。ちなみになんやけど師匠はうちらと同じなん?」


「それは、君らと同じ獣と同化した巫女かという質問でいいのかな?」


「そうや」




 みどりの言葉に師匠は自分の姿を見せつけるように両手を広げた後肩をすくめる。ついでにみどりたちが飲んでいるお茶も紙コップに注ぐ。




「一応僕はおじいさんの姿なのだけど……、まぁ、質問の内容に答えると否だよ。僕は普通の人ではないけど、君たちと同じではないさ。そういえば結局ケモミミ巫女で決まったのかい?」


「その名称まで知ってるん? まぁ、かなでさんのあの雰囲気やと決まりやないかなぁ。ちなみに世界の名前と村の名前も決めたんやけど大丈夫やった?」




 つい最近決めたはずの名称まで出てきたことに呆れたように首を振るみどりだったが、師匠の質問にはちゃんと答える。




「そうか、まぁ決まったんならいいんだけど。あ、パレットとかんなぎ村でしょ? 大丈夫大丈夫、むしろ決めてもらえて助かるよ。この世界は元々僕が作った場所だけど今は桔梗に渡した場所だから。桔梗の好きに決めていいさ。あ、でも僕の所にかなでさん達は連れてこないでね」


「うむ? 元々連れて行く予定はなかったのだ。けど、どうしてそんなことを言うのだ?」




 師匠の言葉に桔梗は不思議そうに首を傾げると、師匠は困ったように頬をかいて口を開く。




「ふ、人との会話は慣れてないんだよ。それに、純粋な人の子とは会話するのは禁止、とまではいかなくても出来る限り避けなくてはいけないのさ」


「そういう取り決めでもあるん?」


「そうそう、僕にもいろいろと縛りがあるのでねー。まぁ、出会っても記憶消せばいいだけなんだけど。出来ればそういうことはしたくないしね。どんな悪影響があるか分からないし」




 さらりと恐ろしいことを言っていたが、小さな声で呟いた言葉は聞こえなかったみどりたちは聞き返すこともせず流した。




「なんかよく分からんが分かったのだ」


「よく分からへんのに納得しない。まぁ、うちにもよう分からんけど」


「はっはっは、まぁ気にしなくていいさ。さてと、これでも僕にはお仕事があるからね。ここらへんでお別れだね」




 仕事があると言った師匠に桔梗は少し固まる。




「うむ? 分かったのだ。静人達には紹介できないけど、もみじ達とはまた今度会ってほしいのだ」


「あー、そうだね。彼女たちには会ってもいいかな。静人君とか会ってみたい気もするけど立場的に厳しいからねー。さてと、お話はここでおしまい! 気が向いたらまた会いに来るからそこんとこよろしく!」




 桔梗の提案に師匠は少し考える素振りを見せたが、すぐに肯定するように頷く。途中で話をぶつっと切ったかと思うと手を振りながらどこかへと去っていった。




「なんというか姿に似合わぬ言葉使いやなぁ。あの師匠は。いや、あの姿もどうかとは思うんやけど」


「気にしたらダメなのだ。正直、今はあの言葉遣いでも、次会うときも同じような言葉遣いとは限らんのだ」




 嵐のように去っていった師匠を見送ったみどりは乾いた笑い声をあげると、その様子を見た桔梗は首を横に振りつつため息をつく。




「あー、まぁ、まだ話しやすい人で良かったわ。というか、桔梗は師匠の正体は何者なのかって分かってたりするん?」


「まったく分からんのだ。案外死神というのも嘘じゃない可能性もあるのだ。まぁ、気になることといえば、わしらとは会えるのに人の子とは会えないと言ったことなのだ」


 なぜ静人達とは会えないのか疑問に思いつつも、みどりは考える必要もないかと首を振り考えを放棄する。




「確かになぁ、まぁ、なにもんでもええか。別に何か悪さしとるわけやないし」


「師匠はめんどくさがりだからそういうのはしないと思うのだ。正直仕事をしてると言われたことのほうが驚きなのだ」


「そこで驚くって相当な気もするけど。まぁ、ええわ。お、話しとるうちに茜がやって来たねぇ」




 師匠と話し込んでいるうちに結構時間が経っていたのか、茜が仕事を終わらせてやってきた。地面と格闘したからか顔にはところどころ土がついている。




「すごいまったりしてますね。いや、まぁいいですけど。あっちは一応終わりましたよ。深さは私の身長ぐらいでいいかなと思ってそこまで深くはしてないですけど」


「ええよー。あまり深くしても意味ないやろし、それじゃあ次はここの川と池を繋げる作業で終わりなんやね」


「はい! 思いのほか楽に終わりましたねー。うん? さっきまで誰かここにいたんですか?」




 茜は元気よく返事をした後、きょろきょろと辺りを見渡した後首を傾げる。唐突な発言にみどりは驚いたように目をぱちぱちさせる。




「おん? なんで?」


「いや、紙コップが三つあるのでそうなのかなって。あとはなんとなくです!」


「なんとなくかぁ。まぁ、別に隠す必要もないからええんやけど。さっきまで桔梗の師匠がおったんよ。ばったり出くわしたって感じやけど」




 勘で当てられたら困るなぁと呆れたように笑うみどりだったが、別に隠す必要もないとさっきまでここにいた師匠のことを話す。




「出くわした……? そのお師匠さんもここで暮らしてるんですか?」


「あれ、言われてみればそうなるんやろか。ちゃんと聞いとけばよかったわぁ」


「まぁ、次に会えた時にでも聞けばいいのだ。茜もお茶飲むのだ?」


「いただきます! いやー、運動後のお茶はいいですねー」




 喉が渇いていた茜は桔梗の申し出にすぐに飛びついて喉をお茶で潤す。立ったまま勢いよく飲み終えた茜は、紙コップを桔梗に渡して腕をまくる仕草を見せる。




「それじゃあさっさと終わらせちゃいましょうか! ここまでの目印の通りに掘っていけばいいんですよね?」


「せやね。とりあえず向こうからこっちまで掘ってきて、最後に川とつながるように掘っていけば終わりやね」


「川の方から掘っていったらダメなんですか?」




 ここから掘っていった方が早いのにと考えていた茜に、みどりは頭を抱えるように額に手を当てて呆れた声で川を指さす。




「川から掘っていったら地面が水浸しの状態のまま掘り進めることになるで?」


「あ、なるほど! それじゃあ、あっちから掘ってきますね!」


「おんおん、いってらっしゃい。うちらはここで待っとるさかい、あとはよろしゅうな」


「はい! いってきまーす!」




 みどりの言葉に手をポンと叩いて納得した様子を見せた茜は池のほうを指さす。みどりは元気な茜に手を振って答える。茜は元気よく返事をしてすぐさま池のほうに向かって行った。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る