第91話


 茜は困惑しながらもお菓子を黙々と食べ、その様子を温かいまなざしで桔梗が見つめるという構図が出来上がっていた。その光景がしばらく続いた後みどりが帰ってきて茜たちの様子を見て困惑した様子で桔梗に問いかける。




「ただいまー、えっと、どういう状況なん?」


「みどり、おかえりなのだ。ちょっとお話があるのだ」


「お、おん? なんなん?」




 真剣な表情の桔梗に面食らった様子のみどりは、茜から少し離れたところに桔梗に連れていかれる。




「今、茜からいろいろ聞いたのだ。うむ、みどりの会社はまともな場所なのだ?」


「え、何を聞いたん? うちの会社は普通やと思うけど」




 突然の言葉にキョトンとした顔で首を傾げた後質問に答える。




「なんかすべて頑張れば終わるって言う発想になっとるのだ。もちろん、頑張るのは当たり前なのだ。でも、その頑張り方が命を削って頑張ればなんとかなるみたいなのはおかしいと思うのだ」




 桔梗の言葉にみどりは眉を顰め少し考えこむように腕を組む。




「おん? いや、うちの会社はそうはなっとらんはず……。いやまぁ、力仕事はほとんど任せとるような気もするけど。あー、それのせいやろか。んー、とはいえ残業もないし、休憩時間はきちんととっとるし、仕事内容もその人次第で変えとるしなぁ。給料もそこで比例させとるし。うん、まぁ、あとで茜とは面談するわ」




 独り言も呟いて自分なりに解決できたのか茜と話すことを決める。その決定を聞いて桔梗は少し笑みを浮かべて頷く。




「話すのはいいことだと思うのだ」


「せやね、話さんと何も分からんくなるしなぁ。あ、地図が出来たし、ある程度、池を作るところの目途もたててきたで」


「おー、それで、どこらへんなのだ?」




 茜の話しは終わり本題へと移った。みどりは作った手書きの地図を眺めつつも、説明するより、その場所に向かったほうが早いと言ったん地図をカバンにしまう。




「まぁ、とりあえず一緒に行こか。茜もいつまでもお菓子食べてないで行くで」


「はーい! 道具も持って行きます?」


「せやねぇ。持って行こか。あっちに置いといても誰も取る人はおらんやろし。雨も降ることは無いやろしな」




 茜は黙々と食べていたお菓子を飲み込んで元気よく返事する。茜の質問にみどりは少し考えてから頷く。


 しばらくして目的地へとたどり着いたみどりは目の前を指さす。




「ほら、ここやで。一応予定としてはここに池を作って、向こうにちょっとした小屋とかでも作ろうと思っとるんやけど、どない?」


「うむ、良いと思うのだ。村からも畑予定地からも近いし大丈夫だと思うのだ」


「そこらへんよく分からないけど大丈夫だと思います! というわけで早速やりましょうか!」




 辺りを見渡してから少し考えた後桔梗は頷く。茜は考えることを放棄しているのが分かる言葉で賛成すると手に持った道具を掲げる。




「おん? まぁ、やるのはええけどやっとる間に静人さんらが来るかもしれへんよ?」


「え、むむ、ご飯食べられないのは嫌なので今日の所はこの辺でやめときましょうか」




 みどりの放つ意地の悪い言葉に茜はそれは困ると掲げた道具をおろす。そんな分かりやすい茜の態度にみどりは思わず笑みがこぼれる。




「くっく、そやね。ま、今日は場所の確認ができたし畑も作り終えれたんやし、ええやろ」


「明日は朝から畑で種まきして、終わったら池づくり。それとも池を最初に作ってから種まきのほうがいいですか?」




 どっちを先にした方がいいのか聞いてきた茜にみどりは笑みを浮かべながら答える。




「おん? 別にどっちからやってもええと思うで。茜やら明日中には終わるやろし、池も今までなかったんやさかい、そんな急がんでもええやろしな」


「まぁ、ちょっと水やりが面倒になるくらいなのだ。さすがに池の水を使って、お風呂を沸かしたり、飲料水として使ったりはせんのだ」




 桔梗の言葉を聞いたみどりはそういえばといった様子で桔梗のほうに振り向く。




「あ、飲料水で思い出したわ。井戸の水汲むの大変やろ? 楽になる道具があったら持ってくるわ」


「うむ、確かに毎度毎度面倒なのだ。でも、なんとかする方法なんてあるのだ?」


「ちょっと設置するのが面倒なだけで楽になるやつならあるで。まぁ、いろいろ調べてからやな」




 桔梗は楽になる道具のことを聞いて嬉しそうに頷き、もみじ達がいる家の方面を指さす。




「なら、それが出来るのを楽しみにしとくのだ。さてと、とりあえずもみじ達のいるところに戻るのだ。今日のご飯は何なのだろうな。楽しみなのだ」


「あたしも最近、静人さんたちの作るご飯一緒に食べれてなかったので楽しみですよ!」


「うちも楽しみやわぁ。あ、どうせやし今日は何の料理か当てるゲームでもせえへん?」




 三人とも静人達の作るご飯が楽しみなのが分かる表情で歩き出す。その途中でみどりがゲームを提案する。




「うむ? うむ、面白そうなのだ! ならばわしは、……確定で魚料理は入ってるとして、ご飯、お味噌汁。サラダとメインは豚の生姜焼きだと思うのだ!」


「あー、魚料理は入るやろねぇ。とりあえずメイン料理だけ当てるってことに限定しとかへん? それだけでも充分難しいやろ?」


「確かに! なのだ! うーむ、茜はどう思うのだ?」




 思いのほかがっつりと予想してきた桔梗に、みどりはルールを追加する。




「え、あたしはそうですねー。がっつりお肉が食べたいので味噌ブタ焼き、ですかね。というかあまり食べる機会無かったんで、どんな料理が来るのか予想が出来ないんですけど」


「味噌ブタ焼きは出てきたことあった気がしないのだ。というか、味噌ブタ焼きとはどんな料理なのだ?」




 いままで出てきたことのない料理名に首を傾げるつつ質問してきた桔梗に、茜はキョトンとした瞳で答える。




「え、そのまんま、味噌の付いたブタを焼いたものだけど。ごはんが進むんだよー?」


「それって茜が今食べたいもの言っとるだけやろ? まぁ、うちもちょっと食べたくなってきたけど。うちの予想はそやねぇ、まだ寒いし鍋とかやろか。魚も食べれるし肉も食べれるしいい案やと思うんやけど」


「鍋か、うむ、鍋もいいものなのだ。というか鍋でいい気がしてきたのだ」




 晩御飯は何かを当てるゲームだったはずなのに、いつの間にか今食べたい料理を話し合うだけになった会話を三人は楽しむ。




「いや、まだ分からんからね? 別の物出てきてもうちは責任とらんよ?」


「まぁ、何が出てきても美味しいのは確かだし満足は出来るのだ」




 心底そう思っているのが伝わる表情で桔梗が言葉をこぼすと、隣の二人も同じ感想なのか否定せず頷く。会話を楽しみつついつも静人達が出てくる場所にたどり着くともみじが三人に気が付いたのか走り寄ってくる。




「あ、桔梗お姉ちゃん達帰ってきた! 畑は出来そう?」


「畑はもう作ったよ! 明日一緒に種まきしない?」


「もう作り終わったの!? 茜お姉さんすごーい! 種まきしてみたいです!」


「ふふん、お姉ちゃんはすごいんだよ。じゃあ、明日はあたしと一緒に種まきしましょう? いろいろと植える予定だからね」


「うん!」




 子供に褒められて嬉しそうにする大人、という構図が出来上がったことにみどりは気が付いていたが、そのことについて特に何も言わず微笑ましいものを見る目で二人を眺めていた。


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