体験入居、集団戦、そして ―1―


《そっか、幽霊なったばっかりかあ。じゃあ私達が色々教えてあげるよ! 先輩だもん!》


えっへん、って感じで胸を反らせるのはちょい昔風な茶髪細眉テカテカグロスの元女子高生、現浮遊霊。紅一点というやつだろうかと思ったら他にも何人か女性浮遊霊がいる模様。この場にはいないというだけらしい。


ここには今、俺も含めて七人の浮遊霊がいる。元女子高生、元男子大学生、元サラリーマン、元遊び人、元ひきこもり、元年金生活者、そして俺という具合だ。元ひきこもりの青年と元年金生活者の爺ちゃんはちょっと離れたところから様子見している感じでほとんど喋らないが、他四人がまあよく喋る。ここが元々どういう場所だったのか、今はどういう噂のある場所なのか、現在浮遊霊がどれくらいいるのか、そんな話を聞きだすまでに何度も脱線した。おかげでよく喋る四人がどういう経緯で亡くなりここに流れ着いたのかもよーくわかった。


元女子高生は、二股していた片方の男に刺されて死んだという。痛かったし怖かったけど自業自得だししょうがないかなって、と屈託なく笑った。


元男子大学生と元サラリーマンはともに自殺。生きてる時は最悪だったから、死んでからの方が充実してる、とこの二人はにこにこ笑顔。


元遊び人はヤバい女に当たっちゃってその彼氏らしい男に殺されたのだという。ヤがつくヤツの女だなんて知ってたら手出さないよなー、と拗ねた風に唇を尖らせた。


あんたは? と聞かれたけど俺は素直に覚えてないと答えた。あー、そういうやつもいるよな、と別に追及もされなかった。


ところでここはやっぱり元々観光バスの泊まるようなタイプの土産物屋、いわゆる山のドライブインのようで、二、三十年前には山向こうの鄙びた温泉地(昔は結構栄えていたとか)への通り道ということでそれなりに往来があったらしい。けれど別の場所に新道ができて、その温泉地も小さな古い温泉地だということで段々と人気が落ち鄙びて、開発から取り残されたこのドライブインは潰れ、いまやこの通りすっかり廃墟と化してしまった、ということのようだ。まあよくある話というか。


《でさあ、何でここが心霊スポットになったかっていうと、って、あ、私達が住み着く前から心霊スポットだって言われててさ、ここ。私達がここを拠点にしだしたのって精々一年前くらいからなんだけどお、その前って私も一回来たことあるんだけどさ、実は、》


……やっぱり女子高生が一番話し好きで率先して話してくれるんだけど、どうも話があっちこっち行ってわかりにくい。どうにか辛抱強く聞き終えた結果、三年かそこら前ここに肝試しに来た若いカップルが喧嘩をして、男が女を殴り殺すという事件があったらしい。それ以来『出る』という噂が立ち、肝試し目的の若者たちがたびたびやってくるようになり、驚かす目的の浮遊霊たちが集まっていき、そして今ではこんな大所帯に、ということのようだ。


《つまり、あたしたちの方が後ってこと!》

《いやー、ここの噂は知ってたけどさ。こんな事情は予想してなかったよなー》

《なー。しかもさ、その殺されちゃった女の霊ってここにはいないんだぜ》

《いるのは関係ないユーレーばっか、って面白すぎじゃん?》


幽霊にならなきゃわからない裏事情に、へー、と思いながら相槌を打っていれば、離れたところにいた元ひきこもりがのっそりと近付いてきて――ちなみに俺をびっくりさせた逆さ男はこいつだ――自分のスマホ画面を見せてきた。何? とのぞきこめば、そこには黒背景におどろおどろしい字体の赤文字で『本当にやばい! 関東心霊スポット百選』とでかでかと書かれたサイトが表示されていた。


《これ読んどけ》


ひょいとスマホを渡され、はてな? となりながらも百選の中からさらに飛んだページに目を落とした。




【撲殺された女性の怨念が彷徨う廃墟ドライブイン(〇〇県●●市)


20xx年10月、ある若者カップルがこの廃墟を肝試し目的で訪れた際、その凄惨な事件は起きた。突然彼氏N(当時21歳)が正気を失い、彼女であるY(当時19歳)を撲殺したのである。Yは上半身を中心に執拗に暴行され、その遺体は生前の面影をすっかりなくし変わり果てたものとなっていたらしい。

その事件以後、この廃墟では様々な怪現象が頻発し、特に男女二人組で訪れると数日中に必ずどちらかが大怪我をするということだ。もし筆者に肝試し好きな彼女ができたとしても、ここだけは決して訪れることはないであろう……。


※肝試しに行く際はくれぐれも自己責任で。当サイトを見て訪れた結果何らかの怪現象・事故・怪我などにあわれたとしても、筆者は一切の責任を負いません※】




個人サイトらしい作りのいかにもな心霊スポット紹介サイトのページには、昼間に撮られたこの廃墟の写真とこの文面。ふうんと思いながら礼を言ってスマホを返す。元ひきこもりはああ、だかうん、だかぼそりと呟き、


《こういう話になってるから。男女二人連れの時は、特に気合を入れて驚かす》


そう教えてくれる。そうなんだ、教えてくれてありがと、と礼を重ねてから、はたと気付く。


《……え、てか、サイト。え、ネット? え? 見れるのか? え?!》


ごく普通に読んでいたけど、さっきのって、間違いなくネットだ。インターネット上の、個人サイト! え、どうして? どうやって?!?


《ああ……ネットは、》

《あー、そっか! まだ幽霊なって数日だもんねえ。あのね、ネットはポイント交換で見れるようになるよ!》


目をぱちくりしながら問えば、元ひきこもりを押しのけるようにして元女子高生が割り込んできた。


《……おい》


《何ポイントだっけ。300? 500? そのくらいだったかなあ? ネットはさ、ぜっっったい見れるようにしといた方がいいよ! 最初は見るだけだけどさ、レベル上げれば書き込んだり、回路? だっけ、そういうの通って見てるひとのとこに直接行ったりさ、そういうのもできるようになるし》

《う、うん》

《それにさあ、実はね、あたしSNSやってんの! 普通に生きてるひとみたいに書き込んでさあ、返事きたりするの。 めっちゃ楽しいよ!》

《う、うん……そうなんだ、よかったね》


興奮してるのか何なのか、元女子高生の勢いがヤバい。俺タジタジ。それに、話の邪魔されて押しのけられた元ひきこもりの顔が怖い。痩せて落ちくぼんだ目と口元を流れる血のせいでそもそも結構怖いのに、今はなんかめっちゃ呪いかけてるみたいな顔してる。超怖い。


《お前なあ……》


元ひきこもりのかっと見開いた目が元女子高生をぎんっと睨みつけた。俺は内心ひえっとなったけど、元女子高生は睨まれても別に怖くありませんけど? といった様子で、


《だって、あんた喋るの下手なんだもん》


けろっとそう言ってのけた。……で、始まる二人のバトル!


舌戦どころかポルターガイスト込みでバトルを繰り広げる二人の側からそそくさと逃げ部屋の隅でひっそりしていれば、同じように慣れた様子で退避してきた他の三人がまたはじまったと呆れたように言い。


《ほほ……喧嘩するほど仲が良いというやつじゃ》


白髪の小さい爺ちゃんは好々爺然と笑った。

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