頼れるおじさんと廃墟訪問


夜が明けるまで悩んだがただ悶々とするばかりで、俺は日の出とともにフレンド欄を開いた。おすすめ欄は見ないようにして、おじさんにメッセージを送る。『相談したいことがあります』と。しばらく経って返事が来る。『いいぜ、チャット繋げ』。俺は迷わずマイクマークを押した。


《おじさん、おじさん。聞こえてますか?》

《――おー、聞こえてるぜ。どうした兄ちゃん。何かあったか?》


電話の向こうからおじさんの声。ちょっとラグがある。


《いやあ、ちょっと、その……実は》


ということで、俺はおじさんに夜あったことをかいつまんで話した。それで何だか悶々としているということも含めて。


《――あー、何だ、もうそんなのに会っちまったのか? 引きがいいな兄ちゃん。いやでも、遅かれ早かれ会ってたか。まあ、話のわかる地縛霊でよかったなあ》


深刻ぶる俺に対して、おじさんの返答はあっけらかんとしていた。


《おれ、結構本気で悩んでるんですけど……》


ちゃんと聞いてもらえてないような感じがしてむすっとしてみせれば、おじさんはまたあっけらかんとした声で言った。


《――え、何を?》

《何をって……》


……あれ、何をだろう? 言われて首を傾げる。


《――強烈なのに突然会っちまって混乱してるだけじゃねえのか? それとも何だ、あの恨みつらみの塊だけど大量にポイント稼いでるやつらに憧れでもしたか? お前言ってたじゃねえか、転生とかどうでもいいって。消滅するのが怖いから参加してるんだって。俺らのスタンスはあいつらとはちげえよ。ふわっふわ浮いて面白おかしくしてるだけでもいいんだよ》


それとも何だ、お前今から地縛霊にジョブチェンジするか? そう問われて俺は、猛烈に頭を横へと振った。


《い、いやです!》


全力で拒否する俺に、おじさんはマイクの向こうでけらけらと笑った。


《――まあ、そのもやっとする感じ、わからなくないぜ。多分お前、生きてるやつに害を及ぼすって考え自体そもそも思い付かなかったんだろ。だからのんびり浮遊霊なんてやってんだもんなあ。でもな、このゲームではそもそも、ひとを殺すことをどちらかというと『奨励』してんだぜ。つまり、その地縛霊の姉ちゃんの方が幽霊的には正統派だからな》

《……え? マジですか?》


大マジだ、あとで確かめてみろよ、とミッションを端から端まで見てみるように言われる。どうせ見てねえだろと笑われ、俺は気まずい沈黙を返した。と、はっはと笑っていたおじさんが唐突に黙る。そして、兄ちゃんと、真剣な声音で俺を呼んだ。


《――俺は、同じ幽霊同士なら、まあできるだけ仲良く協力しあいたいと思ってる方だ。だけどなあ、そういう考えのやつばかりじゃねえ。いやむしろ、俺たち浮遊霊はな》




――駒であり、餌なんだよ。強い幽霊どものな。




《だからな、気をつけろ。よく警戒して、よく考えろ。弱いまま生き残るには、かなりのテクがいるぜ?》




おじさんのその忠告を、俺は胸の奥深くに刻んだ。







チャットを終えてすぐ、ミッションを確認する。デイリーミッションはいつも通り、『人間を一人驚かそう!』『スキルを一回使おう!』など。ろくに確認もしていなかった通常ミッションを開けば『人間を十人驚かせた』『スキルを十回使った』などの回数系ミッションをいくつかクリアしていたのでポイントを回収しておく。その流れ作業を終えて下へスクロールしていく。そうしたら、不穏なミッションが次々に現れた。




『人間を一人呪った』……30ポイント

『人間を一人殺した』……50ポイント

『人間に人間を一人殺させた』……100ポイント




思わず絶句し、スクロールする手も止まる。『奨励』されているというのも如実にわかる、かなりの高ポイントの羅列だった。


《……マジか。そうなのか》


俺が参加したのはこういうゲームだったのか、と。その時ようやく心底から理解した。


薄ら寒いものを覚え硬直していれば、画面にポップアップが現れる。『フレンドからメッセージが届いています』俺のフレンドはおじさん一人だ。チャットを終えたばかりなのに何だろうと確認すれば、こう書かれていた。




『街の北側の山の中腹に、浮遊霊ばかりが集まってる廃墟がある。そこでは仲間同士で協力して人間を驚かせてる。興味があれば行ってみたらどうだ?』




……うん、俺は、もっと色々なことを知るべきだ。


まだ幽霊になったばかりだから仕方ないとか、転生する気がないからそんなに頑張る必要はないとか、そんなことを言ってたらきっとこの先やっていけない。そう思って、俺はよし! と大声を上げて自分に喝を入れた。


『おじさんありがとう! 行ってみます!』


返事を打ちながら空に浮かぶ。人々が活動し始めた街を見ながら、北へと向かった。




***




山の中って案外暗くない。木が茂って一日中薄暗いものかと思っていたけど、木漏れ日や枝葉の隙間からのぞく青空にそんな暗さは感じなかった。むしろ明るい。きらきらしてる。ちょっといい気分になりながらゆっくりと進む。


上空から確認して、そこだろうと思われる廃墟には目星がついていた。ぼろぼろの屋根、むき出しの骨格。草だらけでヒビだらけの大型駐車場、色褪せ欠けて読むこともできない看板。多分、昔は土産物屋かなんかとして建っていたのだろう。山の中の心霊廃墟としては中々の大型施設なのではないかと思う。俺はそこからちょっと離れた場所に降りて、建物の裏手側からこそこそと近付いていた。……いややっぱり昨日の今日だから、浮遊霊ばかりと言われても他の幽霊とかちょっと怖い。


《……誰もいないな》


まあいたらおかしいが。生者にしろ幽霊にしろ、晴天の昼日中にこんな場所に堂々といるわけもない。周囲を警戒しながらそーっとそーっと近付く。近付いて、歪んだ窓枠の向こう側をのぞきこんだ。


《お前誰だ?》


そうしたら、すぐ目の前に天井からつり下がった逆さ向きの顔があり硬直した。


《お前浮遊霊か。ここの噂聞いてきたのか?》


逆さ向きの男の顔の口元からはつーっと血が垂れていて、かっと見開かれた目が俺を凝視している。同じ幽霊なのにめっちゃびくって、あ、とかう、とか口が咄嗟に回らない。しばし見つめ合っていれば、


《ん? おい、どーかしたかー?》

《お? 新顔じゃん? 久々じゃん?》

《何々、お仲間? あ、ホントだ》

《てか何見つめ合ってんだよ、入れてやれば?》


逆さ男の背後に数人の年代様々な男女がやってきて、一気にがやっと賑やかになった。


《……まあとりあえず、入れば》

《……はい、あの、お邪魔します……》


呆気なく見つかって、俺は廃墟の中にお招きされることとなった。

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