お仲間に遭遇


さて、朝になった。このままここでスキル上げするのはもうちょっと本当勘弁してくれなので、またふらふらと行く当てもないまま漂うことにする。


高度を上げたり下げたり時に歩いたりしながら通りすがる人々を見やる。日が昇りきった街にはひとがあふれ、皆忙しくせかせかと動いていた。こんな状況では新米幽霊の立ち入る隙はなさそうだ。


《あー、だから幽霊は夜出るんかな》


昼夜関係なくひとを驚かしてる幽霊は多分相当『強い幽霊』なんだろう、そう思った。


さて、スキル上げは疲れたし驚かすこともできそうにないし、どうするかなあ、どこかで休みながらスキル欄でも眺めてみるかなあ、なんてぼーっとしていたら、前方十メートルほどのマンション影から四十代くらいの体育会系ぽいガタイのおじさんが。ふわっと現れた。え? と見ていたらばっちし目が合う。


《お? お仲間か。よう、おはようさん!》

《お、おはようございます……?》


――初お仲間遭遇は、案外早かった。







《そっかそっか、昨日なったばかりか。新米中の新米だな!》

《そうですね、もう何が何だかって感じで……》

《まあ、最初はそんな感じだよな。大丈夫大丈夫! 段々慣れるさ!》


おじさんは俺の肩を力強く叩くような素振りをして――どうやらお仲間同士でも触れられないらしい――豪快に笑った。


昼日中の公園のベンチに幽霊二人。天気もいいから遊具では修学前の小さな子どもたちが楽しそうに遊んでいたりして、幽霊なんて場違いもいいところだ。


《おじさんは……あ、すいません、おじさんとか言ったら悪いか》

《いやいや、兄ちゃんから見たら四十男なんて皆おじさんだろう、構わねえよ。で、何だ?》

《そうですか? じゃあお言葉に甘えて。おじさんは幽霊になって長いんですか?》


聞くと、おじさんは宙を見やり、


《俺は病気で死んでな……最期の方は意識もほとんどなかったから詳しくはわからねえが、少なくとも四十九日はとっくに過ぎてんな。半年いったか? まだいってねえか? 日がな一日幽霊やってると時間の感覚がなくなってきてなあ》


顎を撫でながらそう言う。


《まあ、四十九日過ぎてんのは確実にわかるんだ。お祝いポイントが入ったからな》

《へえ、そんなのあるんですか! ていうか、おじさんもやっぱり貯めてるんですね、Uポイント》

《ああ、まあな。積極的に転生目指してはいねえが、だからって好き好んで消滅したいわけでもねえからなあ》


――死んだら綺麗な姉ちゃんがいて酒飲み放題の天国に行けるとばっかり思ってたのにな。おじさんはそう茶化して笑った。俺はあははと笑い返して、確かにこんな風になるとは思ってなかったですよとしたり顔で頷いた。おじさんは新米幽霊のくせにいっちょ前なこと言いやがって、と俺の頭をぽかんと叩くようにしてみせた。


《はは、ですよね。生意気言ってすいません。……ところで、転生って、本当にできるんですかね》


ついでに、話の流れで聞いてみる。おじさんも俺も絶対転生したいマンというわけではないけど、気になることは気になるので。


《ああ、まあ、どうだかな。正直わからねえ。こうやって漂ってるとお仲間にはわりと会ったりするが、誰も転生したやつがいるって話は聞いたことがねえってんだよな。まあ、単純にそこまでポイント貯めたやつがそもそもいないって話かもしれねえが……》

《あ、そういえば、何ポイントで転生できるんですか?》

聞けば、おじさんは呆れたように半眼になった。

《初めに調べねえか? それ》

《あー……ははは》


かりかりと頭をかけば、これが今どきってやつか? マイペースだな、そうため息をつき、




《999万9千9百9十9》




ぼそっと低い声で言った。


《……はい?》


何かすごい数字が聞こえたけど聞き間違えかな? そんな思いで聞き返せば、おじさんははっきりゆっくりと繰り返した。


《だから、999万9千9百9十9、だ》


数秒の間の後、俺は思わず叫んだ。


《……それどんな無理ゲー!》

《本当にな》


おじさんは、うんうんと頷いた。




***




その後、おじさんから色々話を聞いた。


おじさんが今まで会った幽霊たちのこと。おじさんが今まで人間を驚かせてきた方法について。スキル上げはやっぱり地道にするしかないってことや、取るべきスキル論は個々によって違うからたまに地雷になるってこと。スキル構成はオンリーワンだと聞かれるのを嫌がる者もいるから気をつけろとか、生粋の地縛霊や怨霊には話の通じないヤバいやつもいるから注意しろとか。神社や寺にはやっぱり何かあるみたいだから近付くなとか、祓い屋やら祈祷師やらって本当にいるらしいから会ったら即逃げろとか。すごくためになった。ふと気付けばもう大分日も傾き始めていて、かなり長い間話し込んでいたと気付く。周囲で遊んでいたはずの子どもたちの姿なんてとっくになくなっていた。


《うわ、もうこんな時間……すいません、長々話しちゃって》


日がな一日幽霊やってると時間の感覚がなくなってくるとさっきおじさんが言っていたけど、まさしくそれだ。起きて一日を始めて、何かしら活動して、寝て一日を終える。生きている頃は当たり前だったそのサイクルがなくなるとこんなにも時間間隔が鈍くなるなんて思いもしなかった。日が昇ったから朝、暗くなったから夜。幽霊にはそれだけ何だなぁ。


《いやいや、俺も先輩風吹かせて色々助言ができて楽しかったぜ。ありがとよ》


思わぬ時間経過に動揺する俺におじさんはそう言って笑う。そして、


《さてと、そろそろ俺たちが活躍する時間だ。お互い楽しくやろうなあ、兄ちゃん。また会おうぜ》


実にあっさりと、まるで普通の人間のように歩いて去っていった。


その背が見えなくなってからもしばらく余韻のように公園の出口方向を見つめていたけど、はっと気付いて慌てて後を追う。けれどさすが幽霊、道に出てもその姿はもうどこにもない。


《あっちゃー……失敗した。連絡先とか聞けたかもしれなかったのに》


スマホを取り出しホーム画面を見やる。この謎スマホに最初から入っているアプリは三つ。Uポイント交換所、電話、メール。アプリがあるならば、きっと番号とアドレスの登録ができたはずだ。


しゅんとしながら公園に戻り、さっき座っていたベンチに座る。とりあえず、どうするか。


《まあ、ポイント貯めに行くしかないよなぁ……》


スキル上げばかりじゃ気が滅入るし、デイリーミッションもクリアしたいし。大きな違いはないが昨日よりも各スキルとも一つはレベルが上がってるんだ、もうちょっとスマートに驚かせることができると思いたい。


《いや、俺はできる。俺はやればできる幽霊!》


気合を入れ、一応今日のデイリーミッションを確認しておこうとアプリを開く。すると、そのホーム画面。デフォルト幽霊がふよふよする墓場の画面が、更新されていた。具体的には、coming soon…だった墓石の一つが変化していた。




『フレンド』




まさかそういうことか? とわくわくしながらタップすれば、中はフレンドとおすすめと承認待ちの三項目に分かれていて、現フレンドはなし。承認待ちもなし。おすすめに一人。


《まさかのすれ違い形式かよ!》


おすすめのその一人の名前は『浮遊霊』となっていてレベルは7。最終遭遇時間:8分前となっていた。


迷わずフレンド申請。すると一分も経たずに承認。フレンド欄から選択して確認すれば、




【称号:幽霊

ジョブ:浮遊霊 Lv.7


コメント欄:人呼んで世話焼きおじさんとは俺のこと! 楽しくやろうぜ、幽霊ライフ!】




こんな風に書いてあって、一番下に手紙マークとマイクマーク。こうなったらこのマークが何なのかはすぐわかる。メッセージ機能とチャット機能だろう? 俺は早速手紙マークをタップしてメッセージを送った。


『フレンドありがとうございます、さっきの兄ちゃんです! 連絡先聞き忘れたって一瞬落ち込みましたよ。おじさん意地悪ですね( ̄s ̄;』


おじさんの返答はすぐにきた。承認の早さから考えても、いつ気付くのかとにやにやしながら待ってたんだろう。


『おう、よろしくな! 何でもかんでも教えてやっちゃ後輩のためにならねえだろう? 優しい先輩だなあ、俺は。まあ、励めよ新米!』


俺はその返事を読みながら、多分にやけていたと思う。


《初遭遇のお仲間がこのひととか……俺ってすごくツイてたんじゃないか?》


『わあ、なんてやさしいせんぱいなんだろう! おれがんばりますね!』あえて全文平仮名で返し、アプリを閉じてスマホを仕舞う。


《何かやる気出てきた。さて……やるか!》


そして俺はいい気分のまま、夜深まる街に勢いよく飛び出した。

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