幽霊もつかれる
日が暮れた街を見て、俺はよしと気合を入れた。幽霊っていえば夜だろう。やっぱり。てことで、俺はそのまま間を置くことなく二回戦目に突入することにした。このスキル構成でどうやって驚かせるか。そして誰を対象にするか。それが大事だ。
高度低めに街を漂う。具体的にはマンションの三階の高さぐらいから。たまーに窓から部屋の中をのぞいたりして、なんかいいひといないかな、と物色。のぞき見は趣味が悪い? 幽霊にそんな常識通じないぜ! 味を占めたまではいかないけど、次は誰をどうやって驚かせようなんて考えながらこうやってふよふよしてると、何だかどんどん楽しくなってくる。俺幽霊向いてるのかも、なんて思いながらふらふらしてれば、ひっ、と息を飲むような音が聞こえた。下の方から。うん? と視線を落とせば、仕事帰りっぽいオフィス着姿のお姉さんがこっちを見て固まっていた。
《……おー。棚ぼたってやつ?》
ちょっと違うか、と笑いながら標的を定める。見えてるなら、驚かせるしかないよなー?
ニヤニヤしながらことさらゆっくり降りていく。冷気と視線は忘れずに。少しずつ近付いていってもお姉さんはまだ固まっている。……さあて、こういう時、どういう風にしたらより怖くなるだろう?
とりあえず、無駄に大口開けてあ゛あ゛あ゛あ゛あ゛とか呻いてみせながら手を伸ばしてみる。いやだって、これ以上できることないし。そうしたらお姉さんは再度ひっと声無き悲鳴を上げて、それから、
「ひぃやあぁぁあ……!」
みたいな掠れきった声で逃げ出した。住宅街の道にハイヒールの音が激しく響いた。俺は呻き声を上げながらその背をつかず離れず追いかけ、ふとその行く先が車通りのある大通りなのを見て減速した。
《このまま追いかけて事故られたりしたらさすがに寝覚め悪いよなぁ》
幽霊的にはそのくらい本気で驚かせるべきなのかもしれないけど、俺はまだそこまでの心意気にはなれない。遠ざかっていく背中を見ながら、完全にその場に降りて静止した。で、何となく道端に避けながらスマホを開きポイント確認。今回は2ポイント。ちょっとだけ増えた。
《うーん……とりあえず、数打ちゃ当たるで行くしかないのか?》
再度空に浮かび、漂いなおす。今のままの驚かせ方では毎回1とか2ポイントで終わってしまう。スキルを育てようにも相手がいなければ……。
《……いや待てよ。もしかして》
俺はふと考え、アプリのマイページを開いた。
【物体操作Lv.1……物体を操作する(次レベルまで 5/100)】
スキルの詳細を確認してから一度アプリを閉じ、その辺に捨ててあったタバコの吸い殻をふよふよと浮かせる。操作時間が切れてぽとっと下に落ちたら再度アプリを開き確認。
【物体操作Lv.1……物体を操作する(次レベルまで 6/100)】
《……めっっっちゃ地道!》
確認して、思わず膝からその場に崩れ落ちた。
――ひとを驚かせなくともスキル経験値が入ることはわかった。が、スキルは使った回数=経験値であることもわかった。
《つまりこれ、レベルが上がれば上がるほどめっちゃ使いまくらなきゃダメってやつ!》
物体操作、つまりは『ポルターガイスト』。俺が生前見たことのある外国のホラー映画なんかでは、重いものでもかなりの速さですっ飛ばしていたし、一度に飛ばす量も四方八方から避けきれないほどといった感じだった。
《あんなの夢のまた夢って感じなんですけど?!》
一体どれだけレベルを上げればあんな風に操作できるようになるのか。
《俺、幽霊ってもっとこう、何かすごいもんだと思ってたよ……》
育成システムがちょっと鬼畜すぎやしなかろうか、としばらくその場から立ち上がれなかった。
どのくらい蹲っていたのか。俺はようやくのこと気合を入れ直した。
《とにかく、ちょこちょこポイント貯めながら、スキルレベルを上げていけばいい……そうしたらいつかうんと強い幽霊になれるはずだ!》
少なくとも期限はないんだ! 寿命とかないし! だってもう死んでるんだから!
はて、強い幽霊になるのが目的だっけ? とちょっと思いはしたが、まあ強くなって悪いことはないはずだ。
《とにもかくにもスキル上げだ。とりあえず、水場に行くか》
俺の現保有スキルは、物体操作、水干渉、冷気、視線。池や海のそばの公園とかなら相性はいいはずだ。
なんとなく漂うのをやめてさらに高度を上げる。街を俯瞰的に見れば、人工の明かりが少ないところは暗く落ちて見える。こうやって見れば、人間は暗いところに何かが潜んでるような気がして、怖くて、それで自分たちが住む場所を明るくし続けてきたというのがわかる。
《でも周りが明るい分、暗いところが余計に暗く見えるよなぁ》
空から見ると、明かりが乏しい場所はまるで街に開いた洞穴のようだ。暗いところが怖くて闇夜すら煌々と照らし出しているのに、それによって暗闇が際立つのは何というか。
《いたちごっこっていうか、逆効果っていうか》
どこまで明るくすれば気が済むのかなあという気分になる。
《まあでも、こういう暗いところがあるから恐怖感も増長されるわけで。うんうん、俺も生きてる時は帰り道にある暗い公園とか何でか怖かったもんなあ》
――やっぱり幽霊には夜が似合うってことなんだろうな、と俺はしたり顔で頷いた。
少しして、そよ風に吹かれるようにのんびりと――実際は風の影響なんて受けないが――空から見下ろした場所に着いた。いや、もっと速く飛んでみようと思ったんだけど出来なかったのだ。もしかしてと思いながら飛んでる最中にスキル欄を見てみたら、案の定あった。『浮遊速度アップ』。これもスキルかー……。現状、ちょっと駆け足くらいの速度が最高らしい。このスキルもそのうち取ろう。
目的の場所。そこはこじんまりとした池を抱えた公園だった。子どもたちが遊ぶ遊具類は池の向こう側にあるので、こちらは夜には何もない薄暗い小さな林の中の散策路が続いている。そこを池に向かってとことこと歩いて、途中古びた木製ベンチの後ろにポイ捨てされていた空き缶を見つけてふよっと浮かせる。ちょっと動かしてはぽとっと落ち、またふよっと浮かせてはぽとっと落ち、なんてことを数度繰り返しながらじきに池のほとりへと辿り着いた。
池といっても人造池だろう。夜の黒々とした水面でも浮かぶゴミや底に生えた藻はわかる。こういう池の水全部抜いて綺麗にする番組とかあったなとどうでもいいことを考えつつも空き缶を浮かせ、水面を揺らして小さなさざ波を立てる。これは、絵面がえらく地味な怪現象という名のスキル上げだ。ついでに誰か通りがかって驚いてくれたりしたらいいが、期待はできないだろう。
《二兎を追う者は一兎をも得ずっていうし、今日はとりあえずレベル上げだけにして。あ、冷気と視線も育てよう》
その二つは何かしらの対象が必要なので、ここまでふよっぽとっしながら持ってきた空き缶を利用する。池の際で空き缶を浮かばせ落としと繰り返しながら凝視し、ついでに手で仰ぎ、なおかつ水面に干渉して揺らしたりぱちゃんと跳ねさせたりする。
《……何やってんだろ、俺》
スキルの並列発動が大変なだけに虚無感がヤバい。いや、手で仰いだり凝視したりはしなくていいのかもしれないが、なんとなく。
《幽霊って、結構苦労してんだな……》
俺は学んだ。何事も、その立場になってやってみなければわからないものである。
――結局その日は夜が明けるまでこの動作をずっと繰り返していた。あまりの虚無感に時々その場に突っ伏しつつ。それでようやく、四つのスキル全部がLv.2。Lv.3までだいたいあと200/300。
《疲れたなぁ……》
――『幽霊も疲れる』と、俺は身を持って知った。
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