初ポイントゲット!
【ポイントを70消費して以下のスキルを入手します。よろしいですか?
『水干渉』……30ポイント
『物体操作』……20ポイント
『冷気』……10ポイント
『視線』……10ポイント
残ポイント:30】
はい、をタップして俺は初スキルを入手した。うきうきしながらアプリ画面の幽霊アバターをタップしマイページを開く。
《お、ちゃんと入手できてる》
保有スキル欄には入手した四つのスキルが並び、こうなっていた。
【称号:新米幽霊
ジョブ:浮遊霊 Lv.1
保有スキル:水干渉Lv.1、物体操作Lv.1、冷気Lv.1、視線Lv.1
保有ポイント:30
コメント欄:よろしくね!】
《あー、やっぱりレベル制かぁ》
スキルは取ってからのお楽しみというやつなのか、取得可能スキル一覧のページでは個々の説明文はわかりきった内容しか表示されなかった。水に干渉する、とか見つめた対象は視線を感じる、とか。その上取ってみてわかったが、各スキルごとにレベル制だ。これは考えなしにスキルを取っていたら器用貧乏になりかねない。やはり方向性が大切そうだ。
《……まあとりあえず、これでやってみるか》
細かいことはひとまず後で考えるとして、まずは――手に入れたスキルで目の前の男を怖がらせてみよう!
***
取引先との待ち合わせ時間まで少し間があったので、先に喫茶店で軽めの昼食をとることにした。サンドイッチかホットドッグか、たまには甘いパンケーキでもいいかもしれない。さてどれにするかとメニューを見ていれば、唐突に机の上のコップが倒れて水が零れた。一瞬動きを止めてしまったが、慌てておしぼりをひっつかむ。服が濡れては大変だ。せっせと拭いていれば布巾を持った店員が寄ってくる。大丈夫でしたかと声をかけられ大丈夫だと答えた。店員は慣れた様子で机の上を綺麗にし、新しい水をお持ちしますとその場を去ろうとする。ちょうどいいのでサンドイッチとアイスコーヒーを注文した。かしこまりましたと店員は向こうへ歩いていった。
置き所でも悪かったんだろうか。何故いきなりコップが倒れたのか不思議に思いながらスマホを取り出す。少しすると店員が新しい水を置いていった。ちらり、と何気なく目をやる。円柱形のよくあるコップだ。見るからに安定性がいい。置き場所もしっかりと机の上に置いてある。そのまましばらく見つめていたが何も起きない。それはそうだ。まあたまたま何故だかバランスを崩したのだろう。俺は目をコップから外した。
しばらくスマホをいじっていたが、何となく落ち着かない。誰かにどこからか見られているようなそんな気配を感じる。それに、冷房が効きすぎてないか? 足元がひやりとして少し寒い。目を上げた。すると、机の上に散らばった書類、ペン、ハンカチが目に入った。……俺の私物だ。は?
ばっと向かいの席に置いた鞄を見やる。口が開いている。何でだ。ちゃんと閉めたはずだ。
「お待たせいたしました、アイスコーヒーとミックスサンドイッチになります」
何が起きているのか動揺していれば折悪く店員がやってきて、机の上に広がった私物を見て手を止める。どこに置けばいいか迷っているようだ。俺は反射的に机の上の物を脇に寄せた。店員は空いたスペースに品物を置き、ごゆっくりどうぞと定型句を残して去っていった。
俺は、机の上を見ながらしばし放心した。何が起きたんだ。誰がいつの間にどうやって俺の私物を鞄から出して机の上に広げるなんてことをしたんだ? スマホを見ていた時間なんてわずかなものなのに。あまりの気味の悪さにサンドイッチを食う気も失せた。もう出ようかと腰を上げようとした時、ぐらり、とアイスコーヒーのグラスが揺れた。あっと思った瞬間グラスが倒れ、零れたアイスコーヒーが今度こそ太ももを濡らした。拭かなければ、と思ったが、俺の目は机の上に広がったアイスコーヒーの海を凝視している。そこから動かすことができない。……黒々しい液体が気味悪くうごめいて、液体が零れていないスペースに、不格好に文字を綴った。
『オレのせき かえれ』
俺はすぐさま席を立ち、散乱した私物を乱雑に鞄に突っ込んで会計へと向かった。
「お釣りいらないからっ!」
財布の中にあった五千円札を叩きつけるように置き、え、ちょっと、お客様! という声を背後に店を飛び出した。その瞬間まで、背中を、何かに見つめられているような気がした。
***
《うーん……イマイチ!》
どうにかこうにか男を退散させることのできた俺だが、感想は渋いの一言だ。時間と手間がかかったわりに大したこともしてないし、やり方も迂遠でもっと工夫が必要だと思う。
《それもこれも、多分スキルレベルのせいだよな》
実際使ってみてよくわかった。LV.1のスキルはやっぱりレベル相当だ。
まず『物体操作』だけれど、これ、小さくて軽いものを一つずつしか動かせなかった。しかも短距離。本当は鞄ごと浮かせて床にばさーっとかやりたかったけどできなかったから、男がスマホを見ている間にちまちまと軽いものを机に広げるなんて地味なことになってしまった。『水干渉』も同じく、本当は素早く滑らかに動かしたいのにできないから、最初に零した水は拭かれてしまったし、片言みたいな文章しか書けなかった。『冷気』と『視線』なんて感じてたかどうかもわからない。頑張ってめちゃくちゃ手で仰いだり凝視したりしてたのに。
まあ結果は不満だったけど、とりあえず驚かせることはできた。これでどのくらいポイントが貯まるのかなぁとマイページを開いてみて、俺は脱力した。
《い、いちポイント……っ!》
し、渋い! めちゃ渋い!
かなり辛い採点のようだ。いやまあ確かに、大したことしてないとは自分でも思ったけど。それにしても1ポイント! 『人間を一人驚かそう!』『スキルを一回使おう!』のデイリーミッションで獲得した2ポイントも合わせてようやく3ポイントだ。
《これは、やばい。前途多難だ……》
俺は大きい溜息を一つついてから、すごすごと席を立った。誰に見咎められることもなく喫茶店を後にする。こんなしょぼいやり方のせいで口もつけられなかったサンドイッチに申し訳ない気持ちになった。ごめんよサンドイッチ、あんなに美味しそうに作ってもらったっていうのに。
《もっとちゃんと考えて、計画を練らなきゃ駄目だ。取るスキルも吟味して、レベルも上げて、それから……》
ぶつぶつと呟きながらあてどなく歩いて考えていれば、やがて日が落ちてきて、街がオレンジ色に染まる。ふと思いついて空に浮かんで見下ろしてみれば、夕焼けに染まる街はやはり作り物のように綺麗だった。見ているとこんがらがった胸の内がすーっとしてくる。
――まあ、とにかく色々やってみよう。なるようになるさ。
幽霊ライフは、出だしからあんまりうまくいかなかったけれど。人生ってそんなものだよなあと、そんな風に思った。
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