Uポイント交換所
幽霊になっても何となく歩いている。落ち着く。やっぱり人間は地に足を着けて生きるものなんだなあ、まあもう生きてないけど、とセルフ突っ込み。ちょっとむなしい。
それはそうと、とりあえずはUポイントだ。チュートリアル特典で配布された100ポイントを何に使うか考えよう。ゲームだとかスキル制ファンタジー小説だとか言われると状況がアレでもなんだかわくわくしてくる。自分が死んで幽霊になったことからしていまだに実感がないけれど、消滅するとか何か怖いし、今はまあ気楽にやってみようかなと思う。
ふらふらと歩きながら、慣れた動作でスマホをいじる。まずはホーム画面を確認。アプリは三つ。Upのアルファベットを丸くデフォルメしたアイコンと、電話のアイコン、そしてメールのアイコン。一応確認したが、当然電話番号もメールアドレスも一件も登録されていない。これから増えることが果たしてあるのかは謎だ。まあ、本命はUポイントの略だろうUpというアイコンだ。タップで開けてみる。
【Uポイント交換所へようこそ!】
いきなり音声が出て心の底からびっくりした。しかもアニメ声の可愛い女の子の声。初っ端からアプリゲーム感満載だ。とりあえず、一番でかくなってた音量バーを真ん中くらいまで調整。それからスマホ画面をしげしげと眺める。
画面の中には某有名アクションゲームのキャラクターみたいなデフォルメされたお化けがふよふよしている。顔は結構可愛い。背景はこれまたデフォルメされた墓石が数個並んでいて、その墓石の名前が刻まれる場所に『ミッション』『ジョブ』『スキル』、他は全て『coming soon…』と書いてあった。試しに『スキル』と書かれた墓石をタップしてみる。
《お、おう……》
画面いっぱいにずらずらと不穏な文字が現れた。『金縛り』とか『悪夢』とか『血』とか……。う、うん、幽霊だもんな。確かにまあ、こういうスキル構成だよな。
《『金縛り』が10ポイント、『悪夢』が30ポイント……『血』なんて50ポイントも使うのか。ううん、100ポイントなんてすぐなくなっちゃうな、これじゃ》
どうやら初期スキルは慎重に選ばないといけないらしい。ひとまずはページを閉じてデフォルメ幽霊がふよふよするホーム画面に戻る。次は『ジョブ』をタップ。こちらもまた不穏な単語だ。『地縛霊』に『怨霊』……。どちらも100ポイント使う。試しに項目をタップしてみたら説明が出てくる。
【地縛霊:
――特定の場所に縛られる代わりに強力な力を得ることができる。生前由縁のあった場所への固着を奨励。全スキルを通常取得ポイントよりマイナス10ポイント少ないポイントで取得できる。特定のスキルの取得ポイントが半減】
【怨霊:
――怨む思いが強ければ強いほどより強力な力を得ることができる。生前由縁のあった人物を対象とすることを奨励。全スキルを通常取得ポイントよりマイナス10ポイント少ないポイントで取得できる。特定のスキルの取得ポイントが半減】
《これは地雷ってやつなんじゃ……》
いわゆるピーキーというやつだろう。ぴったりハマれば強いんだろうが、俺にはどちらもぴんとこない。でもジョブはこの二択しかない。今後増えることもあるのかもしれないが……。
《ていうか、今のジョブって何だ?》
初期ジョブはないのかなと画面をスワイプしたりあちこちタップしたりしてみたら、ホーム画面をふよふよする幽霊が自分のアバターだということがわかった。現れたプロフィール画面には、
【称号:新米幽霊
ジョブ:浮遊霊 Lv.1
保有スキル:なし
保有ポイント:100
コメント欄:よろしくね!】
こう書かれていた。
《ふ、ふゆうれい、れべるいち……》
幽霊にレベルがあるとは驚きだ。レベルが上がったら一体どうなるというのだろうか……。
《えーと、まあとりあえず、初期ジョブは浮遊霊、と》
浮遊霊の説明とかないのかなとタップしてみれば案の定説明文がでてくる。
【浮遊霊:
――死してのち、何にも固執せずただ漂うばかりの哀れな存在(次レベルまで 0/100)】
何にも固執せず漂うばかり、か。どうやら説明はこのテキストフレーバーのみで、初期ジョブらしく特別なものはないようだ。ふむ、と頷きながらその流れで称号もタップしてみる。
【新米幽霊:
――今日からきみも幽霊の仲間入りだ! さあ、楽しい幽霊ライフを!】
記念称号というやつだろうか。新米というからにはベテランもあるのだろうし、他にも色々ありそうだ。とりあえず、文面のシュールさからは目を逸らしておく。
《コメント欄は、とりあえずこのままでいいか。coming soonとかあったし、そのうちフレンド機能とかくるんかな……》
幽霊同士でフレンド? やっぱりシュールだなおい、と内心突っ込みながらホーム画面に戻り、最後の墓石をタップする。さて、『ミッション』とはなんぞや。何となく予想はついてるけど。
《あー、こういうの見覚えあるわ》
ミッションにはデイリーミッションと通常ミッションがあった。デイリーは『人間を一人驚かそう!』『スキルを一回使おう!』みたいな感じで、クリアするとポイントが1とか3とか少しだけポイントがもらえる。通常の方は『人間を十人驚かせた』『スキルを十回使った』みたいな感じでこっちはポイントが5とか10とか。まあ、現状意識してクリアしなければならないようなものでもないかな。ついでみたいなものだろう。
再度ホーム画面に戻る。まずはやっぱりスキルだろう。ちょっと腰を落ち着けて選ぼうと周囲を見れば少し先に某チェーン系喫茶店がある。
《……まあ、気分だけ》
コーヒーは飲めないけど気分は味わえると店に入り、適当な空席に座る。当然いらっしゃいませの声はないし水もこない。試しに卓上の様々なものに触れてみたがどれも手に取ることはできなかった。そもそも座ってるというのも実際椅子に尻と背を預けているわけではなく、そういう形に体を折り曲げているだけ。空気椅子というわけではないが、さすが浮遊霊というべきか感覚全てが遠い感じ。その不思議な新感覚にちょっと楽しくなりながらスキル欄を見ていく。
《色々あるなあ、どうするか。スキル数が多けりゃいいってもんではないだろうけど、でも手数は多い方がいいよな。いや、でも100ポイント全部使うようなスキルはやっぱ強そうだし、こういう大技系取った方がいいかな?》
10ポイントで取れる『金縛り』はやっぱり鉄板だと思うけど、100ポイントで取れる『憑依』も絶対強い。
《初期スキル取得で失敗したら絶対不利だよな。リセマラとかできないだろうし》
悩む。かなり悩む。うーんと唸っていれば俺の前の席にすっと腰かけるスーツの男。いらっしゃいませ、ご注文決まりましたらお呼び出しください、と定型句とともにおかれる水。男は当然俺のことなど見えておらず、軽食メニューに目を落としている。
《……まずは方向性。うん。方向性を決めよう》
目の前の男を見ながら『どういう幽霊になりたいのか』を考える。地縛霊も怨霊もぴんとこなかった。ジョブの選択肢がもし増えればまた考えが変わるかもしれないが、今のところは浮遊霊のままでいようと思う。で、浮遊霊って?
《ただ漂うばかりのってことは、まさしくこんな状況のことだよな》
この会社員の男は、たまたま俺の目の前に腰かけた。『たまたま幽霊と遭遇した』ということだ。浮遊霊の強みってそれじゃないか? ようは、対象を限定する必要がない。タイミングが合えば誰でもいいんだ。で、『一期一会の恐怖』を与えることに特化すれば。
《何か、イタズラ考えてるみたいでちょっと楽しいな》
いやそうだよ、別にいきなり大きいことしようとしなくてもいいんだ。例えば、この男を今すぐ怖がらせてこの席から立ち去らせるにはどうする?
《……よし。これで行くか!》
――俺はそうして、最初のスキルを決めた。
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