【Uポイントはお持ちですか?】

羽月

俺は幽霊になった

俺は幽霊になった。理由は知らない。


生前の記憶は朧気だ。なんとなく、学生だった気がする。彼女とかいた気もする。でもよく思い出せなくて、まあ幽霊なら仕方ないかあなんて思ってたりする。


自分が幽霊だとわかったのは、気付いた時には空をふよふよと漂っていたからだ。どこかの街並みを上からぼんやり見てた。よく晴れた青空に雲が切れ切れ飛んでいて、街中には住宅や店舗が立ち並び車や電車が走っている。その中を小さな人間たちがあちらこちら歩いている様はまるでよく出来たミニチュアを見ているようで、オレンジ色から濃紺へと日が暮れ電気の力で闇夜がすっかり照らされるまで、俺は飽くことなくその風景を眺めていたのだった。


そうするうちに夜も暮れて、ぽつりぽつりと明かりが消えていく。その頃になって俺はようやく動くということを思い出した。風の向くまま気の向くまま――実際には風が吹いても幽霊の身には全く影響がないのだが――漂うのをやめ街に下りたつ。どことも知れない喧騒離れた住宅地の中、帰路に着く人々がぽつりぽつりと過ぎていく。やっぱり誰も見えないんだな、とそう思った。わりと大きめの歩道のど真ん中にたたずんでいるのに、誰もが俺を無視していく。少し、寂しい感じがした。


と、向こうの角を曲がって、ブレザー姿の男子三人組が新たに姿を現す。学生らしく若さあふれる様子で笑いあっている。何となく見つめていれば、そのうちの一人がふとこちらを見て、ばちっと目が合った。……あれ、目が合った?


《あ、もしかして見えてる? おーい、もしもし? 見えてる?》


手をふりふりしながら話しかけてみるが、その男子は他二人に置いていかれることも構わず足を止め、こちらをひきつった顔で凝視するだけ。でも明らかに俺を見ているから、これ絶対見えてるなと嬉しくなり、にこにこしながら近付こうとした。


「ひっ、あ、あああぁぁ……!」


そうしたら彼は絹を引き裂くような悲鳴を上げて体を反転し、あっという間もなく逃げていってしまった。仲間二人はそれにぽかんとした後、おいどうしたんだよ! と大声出しながらその背を置いかけていった。で、唖然とその場には一歩踏み出したままたたずむ俺一人。


《……うん。確かに、幽霊が笑いながら近付いてきたら俺も逃げるわ》


反省反省。とかりかり頭をかいていたところ、唐突にスマホの通知音が鳴った。聞き慣れた感じの、でもどことなく音の外れたメロディで。え、何? とぱたぱた体を叩き探してみれば、最初から持っていたのか定かではないが、ズボンの後ろポケットにスマホが入っていた。幽霊がスマホ? と不思議に思いつつも何気なく電源ボタンをいじったらぱっと画面が明るくなる。そのスマホ購入直後みたいな個性のない壁紙の画面にはいくつかのアプリ。そして通知が一件、でかでかと表示されていた。




【Uポイントを貯めよう!】




《……Uポイント?》


何それ、と俺は思わず呟いた。と、その呟きを聞いていたかのように新たな通知が入る。【Uポイントの説明はコチラ→】と矢印の示す先には添付ファイルが一つ。ちょっと悩んでから俺はそれをタップした。よくわからないけど気になるし。


開いたファイルは動画で、画面の中心にわりと目付きの悪い四十代くらいの男が映った。




《あー、テステス。おい、これちゃんと撮れてるのか?》

《撮れてますよ。もう回してます》

《え、マジで?》

《マジですよ。だから早く話し出してください》

《あー、何か締まらねえな……まあいい》




ぐだぐだな始まり方の中、男がここから本題とばかりに咳払いをする。そしてこちらを……画面の向こうから、俺を見た。




《よう、生者の世界をさまよう幽霊ども。俺は死神統括のヨミだ》




ヨミ、と名乗った男に画面が寄る。少し無精ひげの生えた、炯々とした視線が刺すような顔が、だんだん近付いてくる。




《何が何だかわからねえ、って思ってんだろうな。まあ、難しいことはねえ。お前たちに選べる選択肢は二つだけだ。――転生するか、消滅するか。まあ、それは俺たち『コッチ側』の者で勝手に決めたっていいんだが、俺たちもそうヒマじゃない。際限なく増えやがるお前らのせいで、天国も地獄も常に満杯、割く時間も年々増加するばかりでな。悩んだ俺たちは考えた。お前ら自身に、どっちか選ばせちまえばいいってな》




画面の中、クローズアップされた男の口元は、少し勿体つけるようにそこで閉じる。俺はよくわからないながらも言葉の続きを息を飲み待った。たっぷり五秒経った後、再度その口が開く。




《――これはゲームだ。『転生』をかけた、な》




――精々楽しめよ、クソども。




男はそう吐き捨てるようにせせら笑い、そして、画面はぷつりと暗くなった。


え、なんか馬鹿にされて煽られたような気がするんだけど何もわからないとぽかんとしてしまった。すると、その気持ちが通じたかのように画面ブラックアウトのわずか数秒後、再度動画が再開される。その画面にはさっきの男ではなく、銀縁の眼鏡をかけスーツを着た二十代後半ほどの男が映っていた。その表情は、無だ。




《幽霊の皆様。上司の説明は全く説明になっていませんでしたので、詳細については私、メイから説明さしあげたいと思います》




声色も、無。その声からさっき動画を撮影していた方の男だとわかったものの、その感情が死んだような顔と声に俺は思わず動画を止めた。どんな説明がなされるのかちょっと怖い。覚悟を決めてから改めて再生ボタンを押した。




《……まずは前提条件から話させていただきます。この動画をご覧の皆様は『転生するためのゲームに参加する資格を得た者』という扱いになっております。資格の会得方法は死後四十九日以内に何らかの方法で『人間に感情の変化を与える』ことです》




感情の変化? と首を傾げながら続きを見る。




《一番与えやすいのは恐怖でしょう。皆様は幽霊ですからね。資格を得た皆様は、あくまで任意ではありますが、幽霊ポイント――略して『Uポイント』というポイントを貯めていただくことで『転生権』を得ることができます》




Uポイント、と俺は思わず呟いた。このスマホに一番最初に届いた通知には確かに【Uポイントを貯めよう!】と書いてあったな。……ところでこのメイという男、話していても口元以外どこも動かない。怖い。この恐怖はポイントにならないのだろうか。




《このUポイントは転生権の他、皆様の幽霊ライフにおいて様々なことにご利用いただけます。幽霊としてのスキルを入手したり、強化を行ったり、必要資材を買い求めたり……実際にお使いいただくのが一番わかりやすいかと思います。このチュートリアル終了後に100ポイントをプレゼントいたしますので、是非初期投資用にご利用ください》




って、ちゅ、チュートリアル……いきなりゲームみたいになったな、おい。




《上司はゲームと申しましたが、私としましては昨今流行りのスキル制ファンタジー小説の世界観に近い状態であると考えております。まあ、老いも若きもスマートフォンを操作する現代に生きていらした皆様であれば、何も難しいことはございませんでしょう。生憎とサポートセンターはございませんが、そのスマートフォンには各種ヘルプ機能も搭載しておりますので、お困りの際にはご利用ください。なお、最後のポイント入手から四十九日間ポイントの変動がない場合は転生する気がないと判断し、自動的に消滅いたしますので、それだけはご注意ください》




――では、よい幽霊ライフを。







それを最後に、動画は終わった。そして同時に通知音。スマホを操作し、新しく届いた通知を確認する。




【『新米幽霊』さんに100ポイントをプレゼント! よい幽霊ライフを!】




「ははっ、『新米幽霊』って……マジか」


思わず、空笑いが出た。

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