模索中
スキル能力を遺憾なく発揮しつつ不特定多数を相手にするため、あえて駅近の繁華街へとやってきた。俺のショボ……んんっ、まだ発展途上なスキルでひとを驚かせたり怖がらせたりするには、誰か一人に狙いをつけるよりたまたま通りがかったひとを相手にした方がいいと思ったからだ。なおかつ恐怖が伝播しやすい複数人集団で、さらに酒が入って判断力が鈍っていればベストだ。ちょっとした怪現象でも煽り立てて盛り上げてくれるはず。
てことで、賑わう繁華街の雑居ビル同士の隙間、何てことない薄暗がりでからーんからーんと空き缶を転がす。あと冷えろー冷えろーと念じておく。これで何だあれとのぞきこむやつがいたらその顔目掛けて上からぴちょんと水滴を垂らす予定だ。相変わらず地味な怪現象だけど、不気味で怖いはずだ。多分。
やっぱもうちょっと直接的に怖いスキルほしいなとスキル欄に並んだ不穏な言葉たちに思いを馳せていると、ひょい、と唐突に誰かが路地の隙間をのぞきこんだ。エプロンと頭にバンダナをしめた茶髪の青年だ。どこかの飲み屋の従業員だろう。彼はひとりでに跳ねる空き缶を見てちょっと不思議そうに首を傾げたものの、すぐに頭を引っ込めてしまった。
《あっ》
ぴちょんとやる間はなかったし、怖がっている感じもしなかった。え、これ怖くないの?
いやいやたまたまだろとそのまま続けていれば、次にのぞきこんだスーツのひとは訝し気に目を細めるだけ。まあ気味悪くは思ってくれたようで1ポイントは入った。あとデイリーミッションで安定の2ポイント。ついでに通常ミッションの『フレンドを一人つくろう!』もクリアしていてこれは3ポイントだった。
《……も、もう一人だけ!》
諦め悪くもう一人待てば、今度はブレザー姿の少年が。少年は冷めたような目で転がる缶を見た後、確実に俺と目を合わせて、ふん、と鼻で笑って過ぎていった。
《……絶対見えててバカにされたー!》
ショックというか悔しいというか、案外見えるひとって多いんだなと感嘆したというか。とりあえずこれじゃダメだなとわかった。ていうより認めた。うん、別の方法を考えよう!
《いや、発想は悪くないんだ、発想は。ただもうちょっとわかりやすく怖くないと……》
相手の想像力に任せたやり方はダメだ。こういう方法はきっともっと時間をかけてじっくりやらないといけないんだ。小さな違和感を何度も何度も積み重ねるようにして、何日もかけて、ねちっこく。
《それはそれで後で試してみるとして、今は他の方法……うーん》
こんだけ見えるやつがいるならもしかしてただふらふらしてるだけでも怖がられるんじゃ? なんて思いつかない時間を無駄にしないため二階の高さくらいの場所を浮いて漂ってみる。するりと壁を抜けて店内へ。途端あふれる喧噪。
「ったくよお、あいつって本当……」「おーい、こっち注文」「えー、何それ最悪じゃない?」「気にするなって、あのくらい大丈夫だって」「カシオレくださーい!」
そこは居酒屋だった。老いも若きも酒と肴を手に様々な会話を交わしている。
《あー……いいなぁ》
壁を抜けてすぐ目の前のテーブルにはスーツを着た二十代ほどの二人組。そして半分ほど飲まれたビールの中ジョッキ。幽霊の俺にはもう縁のないものだ……ついじとっと見つめてしまった。
「そういや今日の、って冷たっ」
そうしたらどうやら念でも送っていたようで、ジョッキに手を伸ばした一人がガラスの側面に触れた瞬間そう声を上げてびくっとした。
「ん? どうした?」
「いや、何かめちゃくちゃ冷えてて……おっかしいな、何でだ?」
「あー? まあ、冷えてるぶんにはいいだろ」
「まあな……ああー、沁みる」
いいなあと思いながら適当に近くの空席に座り、スマホを取り出しアプリを開く。やっぱりなんか新しいスキルを取ろう、と思って。スキル欄を開けば同時に、
「あ、本当だ。すげえ冷えてる。……うまっ!」
二人組のもう片方がジョッキを傾けゴクリ、そしてはーっと幸せそうに笑った。
《……え。え、あれ?》
その瞬間、ポイントが増えた。1ポイントだけど。42から43ポイントへと。
《何で、って、ああそっか。Uポイントの取得方法は……》
――人間に感情の変化を与えること。
《こんなんでもいいんだ……》
正直、なんかがっくりしたというか、嬉しくないというか。あれだけ頑張って驚かせてやっと1ポイントなのに、ちょっとビールを冷やしただけで同じポイントがもらえるなんて。俺の努力は。幽霊とは。複雑な気持ちだ。
《まあ、いいや……それなら、同じ方法でポイント稼がせてもらおう》
ちょっと離れた席に行って、黄金色の飲み物をまた恨めしく見つめる。それを手に取るひとが冷たさに驚き、飲んで嬉しそうな表情になる。1ポイント、2ポイント、3ポイント……。
《空しい……》
三席目でやめた。羨ましすぎて血の涙が出そうだ。……血の涙、いいかもしれない。
次取るのは『血』かな、でも待て多分スキルを育てないと絶対使い物にならない予感がする、早まるな俺、ぶつぶつ呟きながらついでだからとふらふら店内を見て回る。ここが厨房、こっちは資材入れ、このでかいのは業務用冷蔵庫、でこっちはトイレ。
《トイレか。トイレって結構恐怖スポットだよな》
居酒屋の男子トイレ――女子トイレは何かやっぱり入る気になれない――はちょっと古めかしくて、でもそこそこ清潔で、個室は二つ、小便器も二つ。ふむ、と考え込んでいるうちに赤ら顔の派手な青年が一人入ってきた。彼は小便器の前に立つとジッパーを下ろしさっさと放尿し始める。つい見てしまう。
《うん、ご立派》
ではなくて。今はチャンスではなかろうか? ひとは用を足す時衣服をくつろげ弱点である局部を露出しなくてはならない。つまり、怪現象が起きても咄嗟には動けない。
《えーと、何でもいいや、流せ流せ!》
俺のスキルでもできることを考えて、トイレの水を流した。まだ放尿中の青年が使っている小便器の水を流し、間髪入れず隣の便器の水も流す。ついでに個室二つの水も流す! わずかな時間差で全ての便器の水が一斉に音を立て流れた。
「うわっ?!」
青年は思った通り大声で驚いてくれた。何? 何だよ? と周囲と自分の局部とを忙しなく見やり、目論見通りすぐには動けずにいる。
《よしよし。ここで押しの一手!》
ついで、トイレの電気を消した。うあぁ!? とより恐怖感の増した悲鳴が唐突な暗闇の中に響いた。
《いいねー、いい感じ。あとはえーと、どうしよ。凝視しとくか?》
まさしく突発的な犯行というやつなので俺もちょっとテンパりながら、青年の背後に立って後頭部を凝視してみる。ツンツン金髪で根本が黒。何ていうんだっけ、こういうの。プリン頭?
あと何かできることあるかなと思っていたら青年の下半身からカチャカチャ音が聞こえ、あ、終わったんだと気付くと同時に、彼は扉に体当たりするような勢いでトイレから逃げていった。
《おお、早い。……手はちゃんと洗っていけよー》
すでに見えなくなった背に、まあ無理だよなと思いながら調子に乗って声を飛ばす。で、再度トイレの電気を点けた。次のひとのために何事もなかったようにしとかないとな。そして、ポイント確認。
《おー、いいじゃんいいじゃん!》
手応えがあった通り、一気に4ポイントも獲得していた。
《この感じで何人か続けてやっちゃおう。いえーい!》
一人で盛り上がってそのままうきうきと待機。用を足し始めたら電気を消して個室の水を流しゆっくりと扉を開く演出もいいかな、天井から首筋に水を垂らしたらもっとびっくりするよな、なんて俄然パターンを考え付く。
当然実行した。思いつくままにやってみた。なかなかいい感じだった。でも四人目に入ってきたのが強面な男性店員二人組で、あ、やばっ、と瞬間的に思う。
「いきなり電気が消えたり水が流れたりするって、故障ですかねー」
「だろうな。一応汚れたり詰まったりしてないかだけ確認してくれ。明日業者を呼ぶから」
「はい、わかりましたー」
その会話を耳にして、俺はすぐに店を出ることに決めた。
繁華街の人波に紛れ歩く。ぶつぶつとひとり言を呟いていても今はもう誰も気にしない。遠慮なく呟ける。
《そっか、いきなり何度も同じような現象を起こすとそうなっちゃうのか。失敗した》
『怪現象』を『故障』だと言われたらもうダメだろう。多分今後同じようなことがあったらその度に故障と判断されてしまう。それでもしつこく続けていればまた判断は変わるかもしれないけれど。そうしたら今度は拝み屋とか祈祷師とかいうのが呼ばれてしまうかもしれない。
《適度に、間を置いて、ひとを選んで、続けた方がいいんだろうな》
こういう対象を選ばないやり方は、それだけ自由だ。でも上手に続けるにはタイミングとかアイデアとか色々頭を使うようだ。
《難しいなあ。てか、ビール冷やすだけでポイントもらえたりもするし》
正直幽霊的にどうかと思うが、たったそれだけでポイントがもらえるなら突き詰めればトイレで驚かすより効率はいいのかもしれない。
――もっと色んな方法を知りたい。試してみたい。
頭の中がぐるぐるしている。もしかしたら生きている時よりも知恵を絞っているかもしれない。
俺の幽霊ライフはまだまだ模索中である。
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