グリーム・グリーム③
参列者からの祝福が聞こえるたびに、頭の中がぐるぐる回り、今にもめまいがしそうになる。
「おめでとう、コンデレラ!」
「稲雪姫、おめでとう!」
「おめでとうございます、いなり姫様!」
恥ずかしさを払いのけるため、コンコは大きな声でリュウに話しかけた。
「おとぎ話の筋書きだよ! 本当の結婚式じゃないんだから!」
リュウも同じように、大きな声で返事をした。
「そうだ! 所詮、おとぎ話だ!」
引きつった笑顔、乾いた笑い声のまま、神父の前までやって来た。ふたりの頭には、早く終われの言葉しかない。
歌が歌われ、聖書が読まれ、参列者も色々やるのか大変だなと、コンコはぼんやりしていた。
「喜びのトキモー、悲しみのトキモー、病めるトキモー、健やかなるトキモー……」
気持ちがふわふわして、神父の言葉が何ひとつ入らない。
これは祝詞みたいなものかな。
三三九度は、ないのかな。
だいたい稲荷狐がキリスト教式の結婚式をしていいのかな。
突然、リュウが「誓います」と言った。
そうか僕たちにもやることがあるんだと思い、コンコは神父の方を向いた。
「新婦コンコ。あなたはリュウを夫トシー、健やかなるトキモー、病めるトキモー、喜びのトキモー、悲しみのトキモー、富めるトキモー、貧しいトキモー、夫を愛し、敬い、慰め合い、共に助け合い、その命ある限り真心を尽くすコトヲー誓いマスカー?」
コンコはもじもじしていた。
リュウが夫……夫を愛す……リュウを愛す。
火を吹きそうな顔を両手で覆ってうつむくと、アンヌがスカートをチョイチョイと引き、神父が早く言えと煽り、リュウはまたかと呆れていた。
蚊の鳴くような声で
「……誓います……」
とコンコが言うと、神父がホッとし顔を上げた。
しかし、ここからが最難関なのだ。
もうすぐ終わる、これで横浜に帰れると神父は安堵して、声を力強く張り上げた。
「ソレデハー、誓いのキッスを」
コンコは手を顔から離し、キョトンとした。
それ、少し前に聞いたぞ?
あ、あれだ。
つる薔薇の森で、棺に入って、起きたらリュウの顔が凄く近くて、そうだあれは起こしてくれたんだ。
あのときのリュウの声が思い出された。
『ええい! 接吻だ! 接吻!!』
コンコの頭から蒸気が吹いて、目を回したままヴァージンロードを離脱した。
リュウが後ろから抱き止めたが、コンコの足はシャカシャカと動いている。
「馬鹿! 帰れなくなるぞ!」
神父がコンコの肩を抱いて、涙目になって懇願した。
「お願いデス! キスして欲しい!」
「このままずっと、ここにいるのか!?」
「今すぐに、ここでキスして! ねぇ!」
「まったく、どれだけ
恥ずかしくて仕方ないコンコが、ようやく口を開いた。
「違うお話にすればいいじゃないか」
「次の話がどんなものか、わからんのだぞ!」
「あとは怖いお話ばっかりよ!」
「だいたい、もう2回しているじゃないか!」
「だって、リュウが無理矢理するから……」
「何だそれは、語弊があるぞ!」
「喧嘩はヤメテー!」
コンコの拒絶が長すぎたのか、隈取のような顔をした男たちが、人垣をかき分けてやって来た。
「あれは何だ! 鬼か!?」
「ワカラナイ! 地獄の使者かも知れナイ!」
「きっと次のお話になるんだわ!」
それでもコンコの意思は固い。
上気してしまい話せずにいるが、リュウが嫌いなわけではなく、そうすると変に意識してしまうし、もっと凄いことになる気がするし、何より今はアンヌに神父、多数の参列者に見られている。
コンコにとっては恥辱の拷問に他ならない。
こうなったら無理矢理にでもと、抱きかかえるコンコを向き直らせようと試みた。
だが屈んでいるせいか、コンコの火事場の馬鹿力なのか、どうも上手くいかない。
「コンコ! おとぎ話だ! 夢だと思って……」
パラパラパラパラパラ……。
ダメだったか、次の話だ。
せめて、アンヌが知っている話であればいいのだが……。
変だ、今は上へと向かっているぞ。
4人は本からアンヌの部屋へと吐き出された。
アンヌはベッドに着地して、リュウと神父は床に落ち、コンコはまた転がって壁にぶつかった。
「……何があったデスカ?」
アンヌが神父に、誇らしげに話していた。もうコンコとリュウのわかる言葉ではない。
「アンヌがキッスしたデスカー!?」
リュウは、コクンとうなずいた。
おとぎ話を何周もしたアンヌには、姫の資格があったのだ。
物音を聞いたアンヌの両親が駆けつけた。愛娘の元気な姿に涙を浮かべて抱き締めたが、自身はおとぎ話を満喫したので悲しくない。
「おサムライさん、アンヌはあなたと結婚したいと言っているヨ?」
それを聞いて、リュウは苦笑した。
「気長に待っていると伝えてくれ」
コンコひとりだけ様子が違う。
呪いをかけるような目をして、じとっとアンヌを見つめていた。
「お前も大概、面倒な奴だな」
「リュウほどじゃないよ」
「おイナリさん、あなたはお姫様なのに王子様とキッスしなかった。そうアンヌが言ってマス」
ムッとしたコンコはアンヌに向かい立ち上がり
「何だい何だい、偉そうに! 僕にだって、それくらい出来るんだから」
と、リュウの唇を奪って、得意気な顔をアンヌに見せつけた。
「コンコ、今のは必要あったのか?」
リュウの指摘にコンコは我に返って、湯が沸きそうな顔をして倒れ込んだ。
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