グリーム・グリーム②

 ドスン!!


 今度こそ尻餅をついた。アンヌの方はストンと華麗に降り立った。

「慣れているんだね、痛た……」

「楽しくて何周もしたわ!」

 歯を食いしばって尻をさするコンコに、スッと手が差し伸べられた。

「お嬢様、お怪我はありませんか?」

 見上げると洋装のリュウがいた。今までに見たことがない、そして金輪際見ることがないだろう爽やかな微笑みをたたえていた。

 輝く笑顔から目を逸らし、リュウに手を引かれて立ち上がると、リュウのエスコートでダンスがはじまった。

「あれはコンデレラ! キィィィィィ!!」

 悔しそうにハンカチを咥える警部、士官、春風楼主人の声だ。もちろん3人ともドレスである。


 ここは来るはずだった、王子様の舞踏会。

 花嫁探しの舞踏会だ!

「リュウ、一体どうなってるの?」

「あの本の中に入ったようだが、よくわからん。流れに身を任せながら、様子を見ておる」

「ふぅん、流れに任せて花嫁探しの舞踏会ねぇ」

「おとぎ話の筋書きだ!」

 コンコが悪戯っぽくニシシと笑うと、時計の鐘がボーンボーンと鳴り響いた。

「コンデレラ、魔法が解けちゃうわ! 早くお城を出て!」

 アンヌの声に促され、コンコは城を出て階段を駆け下りた。

 慣れないガラスのハイヒールに蹴つまずき、靴を残してゴロゴロ階段を転がり落ちた。


 パラパラパラパラパラ……。


 ハッと気付くと、リュウの顔が凄く近い。

「あわわわわ…」

 真っ赤な顔で目を回し、両手をバタバタさせていると、リュウがぽつりと囁いた。

「お目覚めですか、いなり姫」

「僕、寝ていたんだね。どうりで変なことばかり起こるわけだよ。それにしてもリュウ、僕が姫だなんて冗談……」

 で、あってほしかった……。

 周りは、つる薔薇の森。そしてここは棺の中。

「また違うお話!? 今度は何なの!?」

 リュウは頬を染め、泳ぐ目を背けた。目覚めたときを思い出し、コンコは血相を変えてリュウの襟首を掴んだ。

「リュウ! 僕に何をしたのさ!!」

「お姫様を起こすのは、王子様のキスと決まっているわ」

 ちゃんとアンヌはついて来ていた。安心したいが、コンコはまだスッキリできない。

きす……?」

「ええい! 接吻だ! 接吻!!」

 リュウのヤケクソな告白に、コンコは唇を噛み眉をひそめて、再び真っ赤になった。

「ね、寝込みを襲ったの!? この馬鹿! 助平! 破廉恥侍!!」

「こうしないと起きない話なのだ!」

「だいたい何なのよ!? いばら姫なのに、いなり姫になっているわ!」

 喧嘩はやめろと言わんばかりに棺がバラバラと崩れ、コンコとリュウとアンヌの3人は真っ暗闇を落ちていった。


 パラパラパラパラパラ……。


 3人が落ちた先は、ジメジメとした暗い小さな部屋だった。

 鍵が刺さった扉が開け放たれており、そこからふらりと遊行僧が入ってきた。

『お楽しみ頂けたかな?』

「夜道怪だ、子供をさらうあやかしだよ」

『左様。子拐いには、おとぎ話は好都合だ。本が開かれるのを待っておればよい。その娘も、帰ることを忘れて存分に楽しんでおる』

 夜道怪が錫杖しゃくじょうを3人に突きつけると、その姿は剣を構えたひげ面の西洋人へと変化した。

『だが今は、青ひげと呼べ』


 リュウが刀を抜くと、エクソシストが現れた。へっぴり腰で全身がガタガタ震えており、今にも泣きそうである。

「ここにいたのか」

「騎士は、ふたりいないとイケマセーン!」

「わかった、お前はいれば良い」

 リュウが斬りかかり、それを青ひげが受ける。

 西洋剣法だが、片手持ちの怪人と違う。これは力の剣法だ。

 青ひげに跳ねのけられ、後退あとずさりするリュウ。

 力技なら、それが抜ける瞬間だ。

 ふところに飛び込むリュウを目掛けて、剣が斜めに振り下ろされる。

 受けた刀で払いのけ、一歩横へと足をさばく。振り切ったときにはガラ空きだ。

 振り抜かれた太刀筋をなぞるように、青ひげを袈裟懸けに斬り捨てた。

「「Wow! Japanese SAMURAI!」」

 アンヌも神父も大満足である。


 夜道怪は人魂となってふよふよ漂い、コンコが手にする壺へと向かった。

『これで終わったと思うなよ。物語を終わらさなければ、この本からは抜け出せん。お主らにそれが出来るかな?』

 そう言い残した夜道怪は、高笑いをしながら壺に納まり封印された。

「ずるいわ、この本にないお話をするなんて」

「夜道怪を封じたのに、まだ出られないっていうこと!?」

「私に任せて! この本のことは、隅から隅まで知っているわ!」

 アンヌが小さな胸を張ると、壁も床も天井も音を立てて崩れ、4人は闇の底へと落下した。


 パラパラパラパラパラ……。


 着いた先は、真紅の絨毯が敷かれた一筋の道。右も左も祝福の嵐で、空は紙吹雪が埋め尽くし、祝砲までもが放たれている。

 正面奥には神父、後ろにはドレスのスカートを掴むアンヌの姿。

「さあ、腕を組んで神父さんのところへ行って」

 4人揃って横浜へ戻るには、おとぎ話に詳しいアンヌを信じるしかなさそうだ。コンコとリュウは恥ずかしそうに腕を組み、絨毯の上をゆっくりと進んでいった。


 アンヌの目の前では、コンコのふさふさの尻尾がふりふりしている。

 見つめているうちに気になって、我慢できずにむんずと掴んだ。

「にぎゃあああああああああああ!!」

「あら、ごめんあそばせ。本物だったのね」

 

 リュウにも気になることがあり、隣のコンコをチラチラと目をやった。コンコはチクチクと刺さる視線が気になって、目を合わせるとリュウが口を開いた。

「何だ、その服は。まるで白無垢じゃないか」

 リュウの言った通り、コンコは純白のドレスを着ていた。西洋の角隠しか、頭に薄く透けた布を被っている。


 ん……? 白無垢? 角隠し?


「おとぎ話の終わりと言ったら、王子様とお姫様の結婚式よ!」

 事情を知らない新郎新婦は真っ赤になって絶叫した。

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