舞・フェア・レディ②

 財界の集まりなのか、知っている顔がないことにリュウは安堵した。いつかのように上野で見たと言われては、たまったものではないからだ。


 誰が誰をもてなしているかは知らないが、余裕ある立ち居振る舞いの西洋人の真似をして、日本人は身振り手振りを交えつつ、取るに足らない話をしていた。


「西洋人というのは、喋ると勝手に手も顔も動くものなんだな」

「きっと、言葉だけじゃ伝わらないものがあるんだよ」

「目と目で通じ合えないか」

「こんな目? うっふん♡」

 上目遣いや流し目をしてみたが、コンコの幼い見た目では色っぽさの欠片もない。

 令嬢コンコと従者リュウがコソコソ喋っていると、日本人のガニ股猫背の紳士と、フリンフリンとスカートを揺らして歩く淑女がやって来た。


「どちらのお嬢様かしら?」

「横浜から参りました、高島コンコお嬢様です」

「高島とは、あの高島! ほう、そうですか!」

 紳士は感嘆しているが、本当に知っているのか怪しくなってくるほど驚いていた。

「紺子ちゃんと仰るの。可愛いわねぇ、おいくつなの?」

「僕!? さんびゃ…むぐ」

「お嬢様、ご冗談が過ぎますよ」

 苦笑いをしながらコンコの口を塞いだ。今日のコンコはヘタクソ過ぎて、リュウは冷や汗をかいてしまいそうである。


 西洋人の真似をする日本人が奇異に見えたが、今はコンコとリュウが誰よりも奇異である。

 大体、10歳ばかりの令嬢と従者の男しかいない、というのがありえない。

 しかしかえってそれが、紺子お嬢様はやんごとなきお方、という印象を植え付けたらしい。

 いや、稲荷狐の神様だから、やんごとなきお方には違いないのか。


 食事の場でも「もう気にするのはやめた!」とテーブルマナーに構うことなく美味しい美味しいと食べている。

 リュウはハラハラしているが、見た目が子供だから「まぁ、お転婆ねぇ」で済まされている。

「美味しいよ! リュウのご飯はないの?」

「私は一介の従者ですから」

 腹は減るが、西洋人のテーブルマナーとやらをやらずに済むのに安堵していた。肩肘張って飯を食うのは懲り懲りだ。

 しかしコンコは、一緒に仕事をしながら待遇が違うことに不満を覚えていた。


 コンコは突然、スクっと立ち上がった。

「この従者、実は僕の許嫁いいなずけです。だから食事の用意を!」

 一同が声を揃えて驚嘆すると、リュウは真っ赤になってコンコの口を慌てて塞いだ。

「お嬢様! ご冗談を!」

 眉を吊り上げてモゴモゴと言っているコンコに「馬鹿なことを言うな!」と声を殺して叱った。


 そんなふたりに紳士淑女は、何故か異様な盛り上がりを見せていた。

「身分も歳も離れたふたりの幸せを祝して…」

「乾杯!!」

「今、君たちは人生の大きな舞台に立ったのだ」

「遥か長い道程を歩きはじめたのね」

「君たちに幸せあれ!」

 リュウは呆れて、馬鹿なのかと言いかけた。


 東京の夜空は美しいと西洋人の誰かが言って、月明かりの下で舞踏会が催されることになった。

 聞いたことのない西洋の音楽が演奏されると、西洋人の男女がお互いの手の皺と皺を合わせて、幸せそうに見たことのない踊りをはじめた。

 日本人も続くが、見様見真似の手本である。

 背筋が伸びて手足が長い西洋人の踊りを、猫背ガニ股で手足が短い日本人がやったところで格好がつかない。

 そんな日本人を西洋人はチラチラと見て、扇子の下でクスクスと笑っている。


 真似事ばかりの日本人も情けないが、嘲笑する西洋人は許せないと、リュウは怒りに震えるのをこらえて奥歯を噛み締めた。

「西洋人め、馬鹿にしおって」

 するとコンコがリュウの手を取った。

「リュウ、僕と踊って見返そうよ」

 そのままふたりは舞踏会の中央に飛び出すと、楽団は驚きのあまり演奏を中断してしまった。


 月下で向き合うふたりに注目が集まった。

「コンコ、俺は踊りを知らないぞ」

「大丈夫、僕に合わせて」

 するとコンコは扇子を広げて膝を折った。

 音楽が奏でられると立ち上がり、リュウの手を取り高く掲げ、その場で回りはじめたのだ。

 パッと手を離すと、名残惜しそうに手を伸ばしながら足を滑らせ、リュウの胸へと帰ってくる。


 これは巫女舞だ!


 つないだ手の向きで、次はどう動くのかリュウに指示がなされる。ただそれだけで動けるのは、お互いの信頼関係がなせる技であった。

 次第にリュウから動けるようになると、コンコは笑顔を見せて踊り続けた。


 演奏と舞が同時に終わると、ふたりに拍手の嵐が降り注いだ。

「面目躍如を果たせたな」

「なぁんだ、踊れるじゃない」

 ところどころから、さすが未来の夫婦だという声が聞こえて、引きつった笑顔で見つめ合った。

「飯のために余計なことを言うからだ」

「だって、食べてもらいたいくらい美味しかったんだもん……」


 ひとりの老人がふたりの前に歩み出ると、拍手はようやく鳴り止んだ。

「素晴らしい踊りでした、同じ日本人として感謝します。そこで、お嬢様に贈り物をしたいのですが……」

 それは小さな赤い靴だった。

「わぁ! 可愛い〜!」

と、コンコはひと目で気に入って、さっそく足に合わせてみた。

「凄い! あつらえたようにピッタリだ!」

「運命でございましょうか、それとも靴がお嬢様を選んだのか。これは不思議な靴でして、足ではなく人を選ぶのです」


 老人の妙な発言を聞いて、リュウの眉がピクリと跳ねた。

 しかし、リュウの手はコンコにさらわれた。

「リュウ! この靴で踊りたい!」

 ブンチャカブンチャカかき鳴らされる音楽に、老人の姿はかき消されていった。

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