舞・フェア・レディ③

 コンコとリュウが輪の中央へ躍り出ると、紳士淑女は期待の眼差しと拍手をふたりに送った。

 リュウは赤い靴を渡した老人の姿を探したが、既に立ち去ったのかどこにもいない。

「コンコ、さっきの……」

と言いかけたところで、コンコの巫女舞ダンスがはじまった。


 リュウもそれに合わせるが、今度は早い。ついていくのがやっとであり、踊りらしく見えるよう必死になって取り繕っている。

 次第に動きも激しくなって、ほとんどコンコがひとりで踊っているようなものである。

 手首の動きで送られていた合図も、今はひとつも送られず、一挙手一投足を注視して瞬間瞬間で判断をしなければなない。

 一瞬でも判断を誤れば接触などして怪我をしてしまいそうである。


 音楽が止んで、つないだ手を広げて会釈した。

 頭に浮かんだのは、やっと終わってくれた、という安堵だけだった。

 コンコもリュウも息切れしそうで笑顔を見せる余裕など一切ない。


 割れんばかりの拍手の隙間から

「Bravo!」

「もらった靴が合っていたとは」

「西洋に似た話があったわね」

「以前、似たことがなかったか」

「そう、異国のご婦人が倒れたときだ」

 やはり! と思ったときには遅かった。

 コンコは演奏もないままに、ひとりで踊りはじめたのだ。


 扇子を広げてリュウの周りを回った末に、正面で立ち止まって求めるように手を伸ばした。

 その手を掴むと勢いよく跳躍し、肩をかすめて1回転し、リュウの背後に舞い降りた。

 振り返ると潤んだ瞳が目に映り、リュウは事態の重さに硬直した。

 すれ違いざま「助けて」と聞こえたのだ。

 求められたのは、救済だ。


 再び手が差し伸べられてコンコが跳び上がる。リュウは同じようにして耳を澄ませた。

「足が……」

 3度目の跳躍。声から力が失われ、吐息に声を乗せているようだった。

「止まらない……」

 曲芸のような跳躍を繰り返したコンコは、肩で息をして今にも倒れてしまいそうである。


 3度目のダンス、4回目の跳躍。

 限界を訴える虚ろな瞳が勢いよく飛び込んだ。


 リュウは掴んだ手を離すと同時に、コンコの腹に手を添えた。

 腕を軸にして1回転する赤い靴を、手刀で夜空高く跳ね飛ばしたのだ。

 すかさず背中に忍ばせていた刀を抜いて、月下を舞う靴に向けると、絞り出すような祝詞が唱えられた。

 天に突き立てられた刀は、虚しく落ちる赤い靴を切っ先で受け止めた。

 かすかなうめき声が靴から聞こえたが、それは満天の星空へと蒸発していった。


 リュウが刀から赤い靴を払い落とすと、それをコンコがふわりと広がるスカートで隠し、そこへズボッと手を突っ込んだ。

「まぁ、はしたない!」

 貴婦人の厳しい意見にヘヘッと子供らしい笑いで許しを懇願しつつ、スカートの中に壺を出して靴を封じたのだった。


 日本人は、剣舞など時代遅れと言わんばかりに眉をひそめて見ているが、西洋人は大喜びで拍手喝采、リュウに握手を求める者もあった。

「礼には及ばぬ、それよりもコンコが…」

 疲れ果てたコンコは、目を回して仰向けに倒れてしまった。


 見知らぬ天井が目に映った動揺は、慈愛に満ちた憎まれ口が鎮めてくれた。

「まったく、ハラハラさせおって」

 ベッドの上でコンコがニヘラッと笑ってみせたが、目には力がこもっていない。


「一晩ここで休むか?」

「大丈夫、最終列車には乗るよ」

 リュウがそっと額を撫でると、これじゃあ夫婦じゃなくて親子だと不服そうにふくれながらも、目尻がかすかに垂れ下がり嬉しそうであった。


「安心しろ。最終列車の後に、外国人専用列車を走らせると聞いた。便乗できるそうだから、それまでゆっくり休め」

 横になれる時間が伸びて、コンコはホッとして毛布を首まで上げた。


 会話ができる程度に回復したとわかって、胸に留めていた疑問を投げかけた。

「コンコ、あの老人は何者だろうか」

「赤い靴をくれた人?」

 くれた、などと言えるような代物ではない。靴のあやかしか、それとも呪いの靴だろうか。

 放っておけば死ぬまで踊り続けるに違いない。


「思い返せば、食事の場にはいなかった。名簿を見たが、それらしい人物の名前もない。延遼館も老人は働いていないそうだ」

 コンコは不安そうに虚空を見つめていた。

 はしゃいでいたにせよ、突然差し出された靴を何の疑念も抱かず履いて、危ない目に遭わされたのだ。

 リュウの機転がなければ、今頃どうなっていただろうと考えると、寒気がして震えずにはいられなかった。

「あのお爺さん、あやかしかも知れない」

「……そうか。思い当たるものは、あるか?」

「うーん……ちょっと思い出せない…でも……」

「でも…何だ?」

「……また会うかも知れない」

 どうやら、厄介な奴に目をつけられたようで、ふたりには不安だけが残った。


 ふと、リュウの胸元に忍ばされた手紙が目についた。

「それ、なあに?」

「何でもない、気にするな。今はゆっくり休め」

 それが電報だと気付いたコンコはガバっと起き上がり、一瞬にして奪い取った。

「へっへーん。お侍様、修行が足りませんなぁ」

「ひ、人の心配を逆手に取るとは、卑怯だぞ!」


 むっつりとするリュウをよそに、コンコは電報に目を通した。

 するとニヤニヤしだして困り顔をしたリュウを見つめた。

「リュウ、やっぱり怖いんだ」

「そうではない! コンコが疲れていると思い、受けるか否か悩んでおったのだ!」

 ムキになって怒るあたりがいかにもあやしく、コンコは歯を覗かせてニシシと笑った。


 その電報は高島からで、幽霊列車の退治を依頼するものだった。

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