夢であいましょう①

 自ら布団の簀巻きになったコンコが、変なものでも食べたような渋い顔をして起きた。

 妙な様子に、どうしたのかとリュウが尋ねると

「変な夢を見た」

と言うだけで、くるくる回って簀巻きを解いても寝床から動こうとせず、眉をひそめてぼんやりと座っていた。

「どのような夢だったのだ」

 そう尋ねると、みるみる顔が赤くなり「何でもない!」とむくれて布団を被ってしまった。


 朝餉の匂いに我慢できず布団を上げて、微妙な間合いを保ちながら時々チラチラとリュウの様子をうかがって、目が合うとハッとしてツンとすましてプイッとそっぽを向いてしまう。

 おかっぱ頭から飛び出した狐耳は、リュウの気配にピコピコと動き、ズボンから生えた狐尻尾は床にぺったりと着けていたり、不機嫌そうにパタパタさせたり、とにかく落ち着きがない。


「今日は特段用事がないな、関内においなりさんを買いに行くか」

 性に合わないご機嫌取りをしてみると、食欲と意地が交錯し、もじもじと手遊びをしはじめた。

 結局欲望には抗えず、間合いを取りつつリュウの後をついてきた。

 横浜公園で食べている間も、美味しさに笑みがこぼれそうになるのを必死にこらえて、むっつりと引きつった顔をしている。

 美味くないのか尋ねると、凄まじい剣幕で美味しいよ!! と返ってくる。

 それが何とも珍妙で、リュウも笑いと不快感が交錯した妙な顔になってしまう。


 朝昼晩としっかり食べていたのだから、具合が悪いわけではなさそうだ。

 たまたま虫の居所が悪かったのだ、と思うことにした。


 夜になり、部屋の中央にふたりの布団を並べると、コンコは布団をずりずり引いて、壁際にピッタリと寄せてくるまった。

 並んで寝ないと寂しいわけではないが、丸1日このような態度では頭にくる。

「おい、コンコ。今日の態度は一体何だ」

 リュウの怒りに被せるように「おやすみ!」とだけ言って、コンコは布団に潜っていった。


 300年も生きようと中身は子狐じゃないかと、腹の虫をくすぶらせながらリュウも眠りについたのだった。


 何かが身体にのしかかるような違和感があり、目を覚ました。

「……コンコ……?」

 悪戯っぽくフフッと笑うと布団をめくり、艶めかしく伸ばした指を頬から首筋、胸元へと這わせていった。

 そっと撫でる指先の感触に心臓が揺さぶられ、くるおしいほどの動悸に高揚してしまいそうだ。


 少女のような上目遣いや流し目でからかうことはあったものの、初めて目にする妖艶なコンコの姿に動揺を隠しきれず、あらがおうにも金縛りに遭ったように身動きが取れない。


 力の抜けた指先で舐めるように脇腹をスゥッと撫でると、コンコは全身をリュウに預けた。

 霧雨のようにまとわりついた汗が肌をしっとりと覆うと、お互いの体温がひとつになっていく。

 寝巻がはだけ、露わになった胸板に熱い吐息が浴びせられ、息苦しいほどに鼓動は高鳴った。

 リュウの身体を這い回る指先は、次第に腰の方へと降りていった。


「リュウ!? リュウ!?」

 コンコに激しく揺さぶられ、呪縛から解き放たれるように目を覚ました。

 ぐっしょり濡れた寝巻がビタビタと身体に貼り付いて、火照った身体を急速に冷ました。

 夢……だったのか?

 それにしては、のしかかった身体の重さや、指で撫でられた感触の余韻が残っており、到底夢とは思えなかった。


「コンコ、俺に変なことをしなかったか?」

 コンコの顔がカァッと赤くなり、眉をひそめて唇を噛んだ。

「するわけないよ!! うなされているから起こしたのに……。心配して損した!」

 口では激しく否定しているが、何か身に覚えがありそうでリュウがいぶかしげに見つめると、コンコはじとっとした目を返してきた。


「リュウこそ、変なことをしないでくれるかな。いくら女日照りが続いているからって、あんまりだよ」

「ば…馬鹿を言うな! 俺がいつ何をした!?」

「な…何って……」

 耳まで真っ赤になったコンコは、リュウを直視できず布団の端に視線を落とした。

 身に覚えがないリュウとしては、何がコンコを不快にさせたか見当がつかない上、女日照りなどと名誉を傷つけられて怒り心頭である。


「いいかコンコ、俺は子供なんぞに興味がない。時々お前は俺をからかって笑っているが、それでお前をどうこうしようなど、微塵にも思わない」

「こ、子供だって!?」

 耳も尻尾もピンと立ててコンコは激怒したが、溜まっていたリュウの怒りは収まらない。

「容姿も子供なら、中身も子供ではないか」

「300年の稲荷狐を子供扱いしてくれたな!?」

「ならば尚更、興味がない」

 幼稚な言い争いは収まりどころを失って、お互い目尻を吊り上げ歯を剥いて、子供のような睨み合いになった。


 そのときだ。

 部屋の天井からバタバタと、せわしない羽音が聞こえた。

 暗がりの中を1匹の蝙蝠こうもりが、重たそうにフラフラと飛んでいて、玄関の障子をスゥッと通り抜けていった。

「あやかしだ!」

「リュウ、後を追うよ!」


 寝巻のままコンコが障子を開けて飛び出すが、リュウは布団を掴み膝を立てたところからピタリと固まり、一歩たりとも動こうとしない。

「何やってるの! あやかしが逃げちゃうよ!?」

 リュウは覚悟を決めたような険しい顔で布団を剥いだ。

「コンコ、しばらく俺の前に出るなよ」

 言っている意味がわからず、コンコはキョトンとしていた。

 しかし前傾姿勢で飛び出すリュウが、目の前を通る瞬間ハッとした。

 丸くなった目を両手で覆って、リュウの後ろをうつむいたまま走っていった。

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