維新電信③

 ガス燈の下、巫女が夜道を颯爽と歩いていた。

 袴には狸の宮司、たぬおがくっついてズルズルと引きずられている。

「巫女さん、晩ごはん美味しかったですぅ。もう泊まってくださいよぅ」

「嫌です、帰ります」

「あれ? 何の音ですかねぇ?」

 たぬおがそう言うので耳を澄ませると、金属がぶつかり合う音が聞こえてきた。

 周囲を見渡した巫女が、黄色い声を上げて飛び上がった。

「コ・ン・コ・ちゃん!」


 たぬおを引きずりながら駆け寄ると、リュウはかまいたち相手に苦戦しており、コンコは祝詞を何度も詠唱して疲れが見えている。

「おい侍! コンコちゃんが疲れているじゃないのよ! そんなの、さっさとやっつけなさい!」

「わかっている!」

とは言うものの、小さく素早いかまいたちをとらえるのは難しく、斬り込んでも両手の鎌でかわされてしまう。


 苦悶の表情を浮かべるリュウを、かまいたちは嘲笑あざわらい、身体を丸めて攻めの姿勢を見せた。

 次の瞬間、かまいたちの姿が消えた。

 キキキという笑い声を聞き振り返ると着物を、その下の皮膚までもが薄く切られていた。

 動きは見切っていたつもりだ、こいつは目線の方向にしか飛んでこない。

 しかし長く霊力にさらされすぎて、次第に身体が重くなってきた。


 再び身体を丸めたので、視線の方に守りの構えをした。刃が交わり、ひるんだ隙を狙い斬るしかない。

 来た! しかし出遅れた!

 かまいたちは、リュウの脇を通り抜け、着物がハラリと崩れ、脇腹に薄い切り傷が入った。


 振り返ると、巫女が叫び声を上げていた。

 しかしそれは恐怖におびえている様子はなく、頬は赤く染まり瞳は輝き、まるで歓喜しているようだった。

 コンコの服がバラバラになったのだ。


「きゃあああああ!!」

 コンコは叫び声を上げると同時に尻尾を巻いて、しゃがんで身体を隠した。もう祝詞どころではない。

 かまいたちは、してやったりとばかりに高らかに笑っている。

 巫女は頬に手を当て、きゃあきゃあと興奮して鼻血を垂らしている。

 たぬおは鼻の下を伸ばして、巫女の袴にしがみついたままである。

 何だ、この状況は……。


 すると巫女は鼻血をだらだら垂らしたまま微笑んで、かまいたちを抱き上げて小さな頭を撫でていた。

「かまいたちちゃん、お利口ね。あなたのお陰で私、幸せだわ」

 かまいたちは珍しく褒められたので、キューッと鳴いて喜んでいる。

「お前は何を言っているんだ!? コンコ、祝詞を頼む!」

「こんなんじゃ言えないよぉ…巫女さん、ひどいよぉ…」

 コンコの恨めしそうに潤んだ瞳が巫女に刺さると、かまいたちの顔が急に険しくなって真っ青になった。

 巫女が、かまいたちを締め上げたのだ。


「あんた…を泣かせたわね…」

 それには巫女も加担しているが、般若のような形相なので、触れないでおくのがよさそうだ。

「コンコ! 早く祝詞を!」

 しかし、しゃがんだままボソボソつぶやかれた祝詞では、刀はちっとも反応してくれない。

「コンコ、頼む!!」

 泣きそうになりながらスクッと立ち上がると、巫女は感激のあまり両手で顔を覆って卒倒した。

「タ・カ・マ・ノ・ハ・ラ・ニ・カ・ム・ヅ・マ・リ・マ・ス!!」

 目を回して落ちるかまいたちを、リュウが一刀両断すると煙が立ち上り、小さなネズミが地面に転がった。


 コンコはしゃがんだまま、にじにじとネズミに近付いて、虚空から取り出した壺でちまちまと封じた。

 さて、問題はコンコの服だ。

 幸せそうに夜空を仰ぐ巫女の足元から這い出たたぬおを、コンコとリュウがじっと見つめた。


 ひどいひどいとメソメソするたぬおに、リュウはスマンスマンと手を合わせた。

 巫女がムクッと起き上がると、目に映る光景に息を呑んだ。

 たぬおの宮司装束をコンコが身に着けたのだが丈が短く、胸と腰を隠すのでやっとだった。

「ううう…恥ずかしいよう…」

「まぁ! コンコちゃん! かわいい…そうに」

 このまま帰れないというコンコに、着せたい服をたくさん作ったからおいでと巫女が言う。

 どんな服だか一抹の不安があるものの、今よりマシなのは違いない。

 神社に向かおうとすると、遠くから警官たちが駆けつけてくるのが見えた。

「お前たちは、神社に行っていい。この場は俺に任せてくれ」


 警官たちを率いていたのは、あの尊大な態度の奴だった。

「また貴様か」

 明らかに見下すような態度である。

 リュウは無実を証明すべく、垂れ下がった電信線に刀を振るったが、ぶらぶらとするだけで少しの傷も付けられなかった。

「なまくらだろうと関係ない。ままごと侍、今日はこってり絞ってくれるわ」

「その前に、俺も色々と思い出したことがある」


 リュウは、ぶつかる寸前まで肩を寄せ、耳元でボソッとつぶやいた。

「春風楼のお鶴が世話になったな」

 警官は心臓を掴み取られたようにギクリとし、顔を引きつらせて固まった。

「水揚げ前から可愛がってくれたじゃないか」

 ガチガチと歯を鳴らす警官からサーベルを抜き取り、その柄で帽子を跳ね上げた。

「お鶴のことが忘れられんだろう、俺が付けた印でな」

 じっとりと汗が浮いた額には、横一文字に入れられた傷跡があった。遊郭の用心棒だった頃に、リュウが脅しに付けた刀傷である。


 背中を向けてサーベルを振るうと、垂れ下がっていた電信線が雷鳴を受けたように跳ね落ちた。

「心得があるなら、わかるだろう。比べてみよ」

 サーベルを戻すと警官が腰を抜かして、へたり込んだ。

 リュウはきびすを返し、神社のコンコを迎えるため、その場を立ち去っていった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る