維新電信②
リュウが彰義隊にいたこと、爆風に吹き飛ばされ志半ばで離脱したこと、そして今日の警官とのことを、高島に話した。
「上野での出来事が、彼の心に深い傷を負わせてしまったのだな。戦い抜いた仲間たちへの負い目があるだろうし、戦争の後は逆賊と責められて、逃げ隠れして生きるしかなかったわけだ」
「つらい思いをしていたのを、祠にいたときから知っていたんだ。それなのに僕は……」
コンコが拾った電信線を見つめながら、今度のあやかしは危ないのだろう、と尋ねるとコンコは黙ってうなずいた。
「ならば、今日は帰りなさい。人力車を手配するから、リュウくんのそばにいてあげなさい」
「でも、あやかしを退治しないと!」
「今のリュウくんでは危ない、コンコもわかっているだろう? 早まって怪我をするのが一番よくない、ふたりとも元気になってからでいい」
「そばにいるって、何をすればいいのかな……」
「いてくれれば、それでいいんだよ。いつも通りのコンコでいればいい」
家の手前で人力車を降りた。少しでも、いつも通りにしたかったからだ。
ただいま、と言ってもリュウは朝と同じ姿勢で黙っていた。
いつも通りを意識し過ぎて、妙に興奮した声を出し、反応がなく苦々しい顔をしてしまう。
「お腹空いてない?」
「洋服、苦しくないの?」
「疲れちゃったなら、寝る?」
掛ける言葉を失って、コンコはリュウのそばに腰掛けた。
300年を生きようと、心の闇の晴らし方はどうにもわからない。神様なのに何と無力なのだと、コンコの心まで厚く暗い雲に覆われはじめた。
コンコのポケットから転がり落ちた電信線を、リュウがつまみ上げてぼんやりと見つめていた。
「……あやかしか」
唇を噛み固くうなずくコンコの頭に、手の平が載った。
「なまくら刀に見えるだろうが、コンコがいれば真剣にも勝る刃になる。あやかし退治は、武士である俺の仕事だ」
ハッとして見上げると、闇から抜け出し優しく微笑むリュウがいた。
「心配させたな、昔を色々思い出してしまった。もう大丈夫だ」
普段のリュウが戻ってきた安心感が、コンコをリュウの肩にもたれ掛からせた。
「遅くなって、すまないな。飯を食いに行くか」
「でも、もうちょっとだけ、このままがいいな」
リュウはもたれるコンコの薄い肩を抱き、謝るようにポンポンと柔らかく叩いた。
そうされてコンコは頭をリュウの肩にピッタリと寄せていた。
朝を迎えた。
コンコは今日も、布団の簀巻きになっている。
相変わらずだとクスッと笑い、起こそうとしたリュウの手がピクリと跳ね上がり、止まった。
「コンコ、コンコ」
興奮してゆさゆさと揺さぶると、やはり簀巻きのまま芋虫のようにムクッと起き上がった。
「おはよう、リュウ」
寝ぼけていたのが、ゆっくりと少しずつ覚めてきて、リュウの弾むような声に元気になったんだとホッとしていると、布団ごと抱きしめられた。
「朝からどうしたの…ちょっと…苦しい…」
パッと離れたものの、興奮冷めやらぬリュウは肩を抱いたまま、これは使えるかも知れないと、何度も繰り返していた。
コンコは芋虫のまま、サッパリわからないと首をかしげて、うねうねしていた。
その夜である。
当てはないが、明後日の方には行かないだろうと思い、昨日の朝に切られた辺りを見回りすることにした。
「まずは高さが問題だ。電信線にいられては、刀はおろか槍も届かん」
恐ろしいのはその後なんだと、コンコは不安を
耳を澄ませつつ電信柱を辿って歩いていると、かすかにゴォッという旋風の音が聞こえた。
「あっちだ!」
音の方へと走っていくと、渦に囲まれた電信線が細切れになってバラバラと地面に落ちていく。
昨日の朝と同じ光景だ。
渦は凄まじい速さで回転しているが、進む速度はそれほどでもなく、切断される電信線の真下に追いついた。
リュウは
渦が凧を吸い込むと、つながっている凧糸を巻き込んでいった。リュウの手元の巻糸が痩せるにつれて、糸を巻き込んだ渦は白さを増していく。
「電信線が張られたところじゃ、できないね」
「犠牲は
目に見えるほどの糸が絡むと、旋風はピタリと止んだ。細長いものが空中に静止したと思うと、バラバラの電信線が散らばる地面へと落下した。
あやかしの身体は細長く、まるで切られた電信線の親玉のようである。
「やった!」
「コンコのお陰だぞ! 感謝する!」
「……僕の?」
この作戦は、布団の簀巻きに着想を得ていたのだが、それを話すとコンコがヘソを曲げそうなので、あえて言わないでおいたのだ。
凧糸でがんじがらめになり、遠目には白く見えるそれは、茶色い毛で覆われていた。
「さあ、これで同じ土俵だ。あやかしめ、神妙にしろ!」
リュウが刀を構えると、地面をのたうち回っていたそれは、長い身体を起こして立ち上がった。怒りのあまり眉間に皺が寄り、口を大きく開けて牙を剥き、喉の奥から鋭い息を吐いていた。
だらりと下ろしていた手を上げると、背負っていた凧も、身体に巻き付いた凧糸も一瞬にして粉々になりハラハラと舞い散って、そいつの足元を覆った。
今度は手をこちらに向けてきた。
手からは、鎌が生えていた。
「睨んだとおりだったな」
「やっぱりお前か、かまいたち!」
今にも飛びかかろうと身をかがめ、かすれた声で威嚇した。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます