維新電信①

 コンコはスッキリした顔で、リュウはゲッソリした顔でホテルを後にした。

「リュウ、疲れちゃった? 布団で寝ればよかったのに」

「まったくだ。お前の寝相は、何とかならんか」

 寝ているときのことだから、何のことだかわからずキョトンとしている。しかしリュウは、以前から気になっていたのだ。


 かなり激しく寝返りを打つらしく、朝になると自ら簀巻すまきになっている。苦しそうに見えるが、寝顔はとても穏やかである。

 その寝返りが仇となった。


 座敷わらしに遠慮して床で眠っていたリュウに、ベッドのコンコが降ってきた。

 不意打ちに遭ったリュウは痛みにもだえ苦しんだが、コンコは簀巻きになっているので痛みはないらしく、人の上でスヤスヤと眠り続ける。

 コンコをベッドに戻すと、また降ってくる。

 戻しては落ち、戻しては落ちを繰り返していたら、朝になったのだ。


「大体なんだ。あの簀巻きか芋虫か、海苔巻きのような寝相は」

 布団にくるまったまま起き上がると、まるで芋虫なのだ。ひどいと布団から顔だけ出ていて、海苔巻きである。

「そっくりだぞ。ほら、あそこに海苔巻きが散らばっておる。見比べてみろ」

 リュウが指差す道端には、黒く細長いものが列を成してブツブツと落ちていた。確かに海苔巻きに見えるが、何故そんなものが道端に落ちているのか。


 コンコがひとつ拾ってみると、それは見間違いだったことがすぐにわかった。

「リュウ、これは海苔巻きじゃない。電信線だ」

 見上げてみれば、電信線を失った電信柱が無情に立ち尽くしていた。

「これはひどい……何ということを」


 電信の運用開始当初、遠く離れたところの信号が電報になって届く仕組みが不気味だと、電信線を切ってしまう輩がいた。

 しかしそれから6、7年が経った今となっては電信網は全国に普及して、海底ケーブルを介して世界ともつながっている。

 生活や商売のみならず、国防や国際関係においても重要な役割を果たしており、不気味と感じる者は、もういないはずだ。


 そのとき、ゴォッと風が鳴くと小さな渦が電信線に巻き付いた。それが電信柱を目掛けて進むと細切れになった電信線が、バラバラと地面に落下した。

 どの電信線も、剣を扱うリュウの目にも見事と思える真っ直ぐな切り口だった。


 そこへ、わらわらと警官が駆けつけた。リュウは明らかに嫌そうな顔をしている。

「オイコラ、電信線を切ったのは貴様らか」

「違うよ! 僕たちは、あのホテルをさっき出たばかりなんだ。疑うならホテルに聞いてよ!」

 警官の尊大な態度と簡便な捜査と安易な容疑に、コンコは怒り心頭である。

 リュウは警官たちに背中を向けて、散らばった電信線を拾って見せた。

「これを見ろ。柱の間をそっくり切って細切れにしている。それと、この切り口だ。刀で言えば、太刀筋に迷いがない」


 淡々と分析をする様子にカチンときた警官が、前へと回りサーベルの柄でリュウの顎をグイッと上げた。

「貴様、どこかで見た顔だのう」

 警官の不敵な笑みをリュウは睨みつけていた。それは感情を悟られないためのものであった。

「気のせいだ、俺はお前のことを知らん」

 リュウの顎を弾くようにサーベルを仕舞うと、荷物を改めよ! と部下に命じた。


 楽器ケースの刀が模擬刀で、電信線など切れぬことを訴えたが、リュウへの追及は終わらない。

「なまくらなどを持ちおって、何のつもりか」

「西洋人に剣舞を見せるのを生業なりわいとしている」

 もし取り締まりを受けたら、そのように答えることに決めていた。それを警官は鼻で嘲笑わらった。

「ふん、ままごと侍か。しかしよく似ておるわ。貴様、上野の山で吹き飛ばされた、死にぞこないの小僧ではあるまいな」

「人違いだ」

 事件とは関係のない質問だ、そう言い聞かせて歯を食いしばり耐え忍んだ。


 警官から離れた頃を見計らい、コンコが怒りを爆発させた。

「何っなの!! あいつらは偉そうにして!!」

 しかしリュウは、反比例するかのような冷めた顔、冷めた声で一言だけボソッと放った。

「奴らは、薩摩だ」

 コンコはハッとした。

 リュウは彰義隊にいたのだ。警官の物言いからして、上野の山で睨み合っていたのだろう。

 去年だったか、ようやく彰義隊士の墓が上野に移った。しかし未だに賊軍と見なされ風当たりが強いのだ。


 お互い一言も発さずに家へ帰った。

 リュウは窮屈で嫌がっていたタキシードを脱ぐ気力を失い、時間が止まってしまったかのように壁に背をつけ虚空を睨みつけていた。

 返事をしないリュウに、いってきますと告げてコンコが行った先は、高島嘉右衛門邸である。

「おや、お疲れ様だったね。今日はひとりかい」

「うん、ちょっとね……」

「それじゃあ、あやかしのお話を聞かせてもらおうかな」


 あやかし退治の結果は、このように報告されるのだ。そして高島は、コンコの話を楽しみにしている様子だった。

 もちろん、楽しんでいるだけではない。あやかしを預かる神社の手配、今回のホテルや洋服の手配、リュウへのテーブルマナー指導など、あやかし退治に必要なことであれば、全面的に協力してくれる。

 困ったことは言いなさい、横浜のことなら何とかできる、とも言ってくれるのだ。それは高島の業績を考えれば、十分に信頼できる言葉だった。


「その前に高島さん、これを見て」

「これは…何だ? あ、電信か」

 コンコは細切れになった電信線をひとつ持ち帰っていたのだ。まじまじと見つめていると、何故こんなに短いんだと疑問が湧いて、ひとつの答えを導き出した。

「あやかしだな?」

 いつもは元気いっぱいに喋ってくれるコンコが黙ってコクンとうなずいた。

「コンコ、何かあったのか」

 魚の小骨のように喉奥に引っ掛かった言葉が、なかなか上手く取り出せず、もじもじしていた。


「コンコ? あやかし退治をお願いしているのは私の方だ。封じるも封じないも、仕事を断るのも君たち次第だよ。遠慮なく話してごらん」

 顔を上げると、潤んだ瞳が胸に突き刺さった。そして胸の痛いところに、コンコが飛び込んできたのだ。

「高島さん…リュウが…」

 激情で熱くなった体温と、溢れ出た涙の冷たさを、高島は胸でしっかりと受け止めていた。

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