シンカンカクスゴイカタイアイス②

 吹雪の中心を凝視すると、着物も肌も髪さえも真っ白な女が姿を表した。

 雪女か。

 急速に冷やされる店内は氷が張り、霜が降り、氷柱つららが垂れて、端々に粉雪が積もっていった。

「リュウ……寒いよぉ」

 寒さに震えるコンコは、我慢できずしゃがんで小さく縮こまってしまった。

「我慢しろ! 早く祝詞……」

 刀を抜こうとしたが凍りついてしまい、びくともしない。

 何ということだ、すぐにでも斬れる間合いだというのに。リュウは微塵も動かない刀に焦った。


 雪女が直立したまま滑るように向かってきた。

 いかん、このままでは凍らされてしまう。鞘を付けたまま叩いて牽制をするか。しかしそれは気休めの悪あがきにしかならず、いずれ氷中に閉じ込められるのが目に見えている。

 何ということだ、こんなにあっけなく終わってしまうのか!


 雪女は、あいすくりんの前で立ち止まった。

 立ったままになったヘラを掴み、歯を食いしばって動かそうとしている。

 もちろん、びくともしない。

 何度となく挑んでみたが、その努力が報われることはなく、雪女は息を切らせていた。

『そなたや』

「な、何だ」

『これを、ちいとばかし温めてやくれぬか』


 厨房で火を起こし、凍りついたあいすくりんを温めた。店内が極寒なので温めすぎるということはなく、適度にゆるくなってきた。

『それをわらわに寄越し給え』

 尊大な物言いは不快極まりなかったが、これは雪女なので仕方ない。

 それに、へそを曲げて渡さなかっただけで凍らされてしまっては、たまったものではない。


 あいすくりんをヘラの先端に載せて、ゆっくりと口へ運んだ。

『おおお! あいすくりん…やはり甘く濃厚で』

「冷たくて美味しいよね」

 あいすくりんを溶かすために起こした火で暖を取りながらコンコが言った。

 しかし雪女は予想外のことを言った。

『そして、温かい』

「温かいだって!?」

「そうか、あいすくりんよりも雪女の方が冷たいのだ」


 きっと、人間が温かいと思う食べ物は熱すぎて食べられないのだろう。

 彼女には雪女であるゆえの苦労や寂しさがあるのだろう。

 温かいものが食べられる、あいすくりんがそれを満たしてくれた。そうに違いない。

 雪女は、美味しい美味しい温かいと嬉しそうに、あいすくりんを食べていた。


 コンコは暖を取ったまま「あれ?」と言った。

「やはりっていうことは、あいすくりんを食べたことがあるの?」

『決まっておろう』

 しかし変な話だ。雪女は凍ったあいすくりんを食べられなかったが、店ではしばしば凍ってしまっていた。

「わからん、どのように食っておったのだ」

『それは…客に供した残りが器に付くじゃろう』

 氷に漬けて混ぜていた容器のことだ。ほどよく固くなってから客に供するが、どうしても容器に薄く残るのだ。

「それをこそげ取っていたのか?」

『そ、そうじゃ』

 真っ白だった顔が、ほんのり赤くなった。


 尊大な喋り方をする雪女が、はしたない食べ方をしていたことがおかしくて、リュウは笑いをこらえて肩を震わせていた。

『わらわに恥をかかせたな、おのれ』

 強烈な吹雪が襲ってきたので、リュウは必死になって謝った。

「すまない! 申し訳ない! このあいすくりんは全部やるから、命だけは!」

『おお、そうか』

 吹雪は止み、雪女は再びあいすくりんを温かいと言いながら食べはじめた。


 すべて食べ終えると床に座り、一息ついて幸せそうに遠くを見つめていた。

『文明開化とは素晴らしいのう、こんなに温かく美味なるものが現れるとは』

 温かいは同意できなかったが、文明開化を謳歌し満足してくれて、何よりだ。

『そなたらのお陰で、あいすくりんをたっぷりと食す夢が叶ったわい。恩に着るぞよ』

 それが目的で起こった怪現象だったのか。

 出来立てのあいすくりんをつまみ食いしようとしたら、自らの体温で凍りつかせてしまった、というわけだ。

 店はもちろん困っていたが、雪女自身も困っていたのだ。


 さて、問題は封じるかであった。

 主人に事情を話して、毎日お供えをすれば悪さはしないだろうし、店が冷えるのなら氷が保ち、あいすくりんも早く固まりそうだ。

 これは、このままでもいいのではないか?

 そう思った矢先である。


 立ち上がろうとした雪女が突然、悲痛な叫び声を上げた。

『おおお……何たることじゃ……』

 十分に暖まったコンコが、厨房からヒョコッと顔を出した。

「どうしたの?」

『あああ……稲荷狐よ……』

 雪女は袖を使って涙を拭うように顔を隠して、コンコにすがってきた。

 触れると凍ってしまうかも知れないと、コンコは少しけ反って、寒さに震えていた。

『太ってしもうた……』

 リュウはズッコケそうになるのを必死になってこらえた。今度、逆鱗に触れたら命がない。


 悲しみに打ち震える雪女を、コンコはまじまじと見て「そうかなぁ」と言った。

「痩せすぎていると心配になって、綺麗だと思えなくなっちゃうよ。今くらいが一番いいよ」

 しかし雪女は片手で顔を隠し、もう片手で腹をさすりながら悲壮感をたっぷり醸し出していた。

『わらわの美貌ははかなさあってのことじゃ。太った雪女など、あり得ぬのじゃ。およよよよ……』

 確かに太った雪女は想像ができないが、彼女がそこまで体型にこだわりを持っていたとは思わなかった。


『稲荷狐よ、わらわを封じてくれ』

 雪女からの思わぬ申し出に、ふたりは動揺して顔を見合わせた。

『わらわを封じて、あいすくりんがない北国へと送ってくれ給え。さあ、早く!』

 大好物のあいすくりんを断つなど、並々ならぬ決意である。

 困った顔のまま素焼きの壺を取り出すと、雪女自らそれに足を突っ込んで、あっという間に吸い込まれていった。

 稲荷狐よ頼んだぞ、という微かな声を壺の口から聞いて蓋をして、封印を貼った。


 朝になり、店を開けにきた主人に事情を説明しあやかし退治…いや、自ら封じられたので退治と言っていいのだろうか。悩むところではあったが一応終わった。

 あやかしがいなくなった安堵と、あいすくりんや氷が保つ好機を逃してしまった落胆が、複雑に入り混じった感謝を述べられて、謝礼の金を受け取った。


「やっぱり、あのままでもよかったみたいだね」

「しかし北国に送るよう頼まれたが、どうする」

「それは、高島さんにお願いしよう」

 ついに会う日がきたのかと、リュウは顔を引き締めた。

 コンコの案内で、高島嘉右衛門が暮らす神奈川の高台へと向かっていった。

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