第5話 証拠

「止めますか。私としてはそれでも構いませんよ」


 万屋はまるで役所の人のように事務的な様子で私に聞いてきた。


「この人が犯人だという証拠はありますか」

「殺人鬼の中には戦利品と呼ばれるものを集めるものもいますが、この男はそのたぐいのものは何も持っていなかった。お姉さんとこの男に直接的な結びつきはありません。強いて言えば、通学に同じ電車を利用しているという点くらいでしょうか」

「ふ、ふざけるな。それっぽっちのつながりでボクが犯人だと決めつけたのか」

「戦利品というのはどういうものがあるのでしょうか。姉の身体の一部は失われていたんです。その、もしかして……」

「冷蔵庫・冷凍庫も確認しましたが、その手のものはありませんでした」

「当たり前だ。僕は殺していないんだ。そんなものがあってたまるか。な、わかっただろ。こんなのはすべてこの男の妄想なんだ」

「冷蔵庫や冷凍庫を見たということは部屋に入ったんですよね」

「ええ、入りました。きれいに整えられた部屋でした。本棚の本やCDは五十音順に並べられ、洋服も畳んできれいに収納されている。時計や眼鏡は埃を被らないようにとコレクション用のボックスに入れられ、冷蔵庫の食材には購入した日付がマジックで書かれている。肉は200g毎にパックに入れるほど几帳面さを見せている。

 もちろん、パソコンの中身も確認しました。インターネットの履歴からSNSの投稿、その他もろもろ見た印象ですが、断言します。この男は間違いなくソシオパスで君のお姉さんを殺している」


 ほんの一瞬、本当に一瞬だけど、万屋が部屋の中の様子を語っているとき男の顔が変わった気がした。他人に勝手に部屋の中を歩き回られたらと考えると吐き気がするけども、男の表情の変化はそれとは全く別のものだった。


「あの、もう一度部屋の様子を伺っても」

「ええ、構いませんよ。きれいに整えられた部屋でした。本棚の本やCDは五十音順に並べられ、洋服も畳んできれいに収納されている。時計や眼鏡は埃を被らないようにとコレクション用のボックスに入れられ、冷蔵庫の食材には購入した日付がマジック――」

「それです」


 前回と一語一句同じ言葉を語る万屋にかぶせる様にして彼のしゃべりを止めた。


「冷蔵庫ですか」

「いえ、コレクションボックスです。眼鏡のコレクションがあったんですよね」

「8本ありました」

「その中に赤いフレームの眼鏡はありませんでしたか」

「ええ。ありましたよ」

「姉の……ちょっと待ってください」


 スマホを操作して、姉が眼鏡を掛けている写真を探し出す。眼鏡を買い変えたのは亡くなる一週間前、だから見つけるのは簡単だった。


「この眼鏡じゃありませんでしたか」

「ああ、確かにこれだ。なるほど、戦利品を集めていないのかと思いましたが、眼鏡でしたか。本人も眼鏡でしたので私としたことが見落としていました」

「ちょ、ちょっと。待て。その眼鏡が君のお姉さんのだという証拠がどこにあるんだ。ボクは眼鏡と時計が趣味なんだ。いろんな眼鏡を気分で掛け替えている。僕の持っている赤いフレームの眼鏡がたまたま似ているだけだろう」

「違いますよ。姉の眼鏡は特注品でしたから。持ってきてもらえばわかります」


 基本的に眼鏡にメンズもレディースもない。だから、男が赤いフレームの女性的なデザインの眼鏡を持っていたとしても不自然だけどないとは言えない。男は小顔だし、眼鏡の幅も同じようなものかもしれない。でも、姉の眼鏡は特注品なのだ。ずれるのを嫌って顔に合わせて眼鏡を作ったのだ。他人の顔にハマるはずがない。

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