第4話 混乱

「ま、まて。ボクは違う。ボクはこいつと違ってソシオパスなんかじゃない。誤解なんだ。そうだよ。これは何かの間違いなんだ。君はこの男と違ってまともなんだろ。だったらわかるだろ。この男は常軌を逸している。君は騙されているんだ」

「姉の名は――」


 男の言葉を無視して、姉の名前を語って聞かせた。反応を見てみたかったが、名前に聞き覚えがないのか男の顔に変化はなかった。それならと思って、姉の写真を出してみたけども眉毛一つ動かなかった。


「拷問したところでこいつは口を割らない」

「じゃあ、どうしたら」


 犯人なら躊躇いなく殺そうと覚悟してきた。

 でも、一パーセントでも違う可能性があればそれはできない。そういう私の心の隙を付くように、男は言葉を重ねる。


「なあ、頼む。助けてくれ。よくわからないけど、だいたいの状況はわかったよ。君はお姉さんの復讐がしたいんだね。それでボクを誘拐した。でも、ボクはやってない。やってないんだ。本当なんだ。信じてくれ――。そうだ。君のお姉さんが殺されたのはいつのことなんだ。僕はバイトを二つ掛け持ちしているし、その日のアリバイがあるかもしれない。だから――」

「残念ながらアリバイは成立しない。確かにその日、アルバイトに出ていたらしいが、デリバリーサービスでは誰かの目が常にあるわけでもない」

「ま、待ってくれ。そうはいっても、注文された商品を時間通りに宅配していれば――」

「注文したのが自分自身ならどうとでも誤魔化せるだろう」

「そ、そんなのこじ付けじゃないか。配達先にまですべて確認したというのか――いや、違うな。アンタこそ犯人じゃないのか。だってそうだろ。こんな場所を用意して、ボクを縛り付けて、さっき自分でも言ったじゃないか。自分はソシオパスだって。

 ああ、きっとそうだ。妹に犯人の仇を討たせてやるなんて嘯いて、人目の付かないところに連れてきてボクを殺させる。そして、そのあとに笑って言うんだろう。本当は赤の他人だったって。そして絶望する君を最後には殺するんだ。

 狂ってる。

 アンタは狂ってるよ。

 なあ、頼むよ。

 君はこいつと違ってまともな人間なんだろ。

 少し考えたらわかるんじゃないか。

 こいつはボクが殺したという証拠を見せていないんだろう。だったら、早まっちゃダメだ。こいつの言いなりになったらダメだよ」


 頭が混乱する。

 男の言っていることは単なる言い逃れのようだけど、本当のようにも聞こえてくる。警察が見つけられない犯人を見つけることのできた万屋。犯人はこいつだと断言するのに、確たる証拠が一つもないのは可笑しくないか。

 言われるがまま男を殺していたら、私は只の殺人犯になるのかもしれない。もっと最悪なのは男の言う通り万屋こそが姉を殺した犯人なのかもしれないということだ。

 姉の名前や写真を見せても何の反応も見せないような男が本当に知らない可能性と、万屋が嘘を付いている可能性とどっちが高いのだろうか。 

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