第3話 ソシオパス

 外された目隠しの下には、どこにでもいそうな大学生の顔があった。万屋の言う通り顔を見るべきではなかったのかもしれない。鼻に残る眼鏡の跡に人間らしさみたいなものすら感じてしまった。あれほど猟奇的なことを本当にこの男が? と思ってしまうほどに。ただ、怯えているその目が、どういうわけか万屋に似ているなと思った。


「た、助けてくれ。くそっ、な、なんだこの部屋は。頼む。助けてくれ。こんな場所に連れてきてどうしようっていうんだ」

「貴方が姉を殺したの?」

「な、なにを言っているんだ。殺すとか、ボクがそんなことをするはずないだろう。ボクは○○大学の学生なんだ。頼む。帰してくれ。帰してくれたら君たちのことは誰にも言わない。頼むから」


 脂汗を流し、目に涙を溜めて必死に訴えてくる様子を見ていると、こんな男にあれほど冷酷な行為ができるのだろうかと不思議に思えてくる。○○大学といえば、国内でもトップクラスの私学で大勢の官僚を輩出し、多くの起業家を生み出し日本経済を牽引するものも多いという。


「だから反対したんです。猟奇殺人鬼というのは人であって人ではないんです。反社会性パーソナル障害――英語でソシオパスというんですが、聞いたことはないですか」


 男が喚いているというのに、万屋の言葉は不思議と雑音を無視して耳に入ってくる。


「ソシオパスの人間は感情がないわけではありませんが、共感する感覚を持たないのです。罪悪感や同情という言葉とは全くの無縁で、例え親兄弟が目の前で拷問されていても、何食わぬ顔で夕食を楽しめる。そういう連中なのです。そして、そういう連中というのはどういうわけかIQが高かったりする。つまり、○○大学の学生というのは何の免罪符にもならないのです。

 さらに付け加えると、頭のいい彼らはこういう場でどういう振る舞いをすればいいかというのも理解している。すべては演技なんですよ」


 なぜ、こうも断言できるのだろうか。

 私が不思議そうにしているのに気がついたのか、万屋がコホンと咳ばらいを一つした。


「私も同類なのです。だからこそ、警察とは別の視点で犯人を追えた。つまりはそういうことですよ。ああ、誤解のないように言っておきますが、ソシオパスの人間がすべて殺人鬼となるわけではありません。人らしく生きようとするものの方が圧倒的に多い。私は真っ当な生き方をしているとは言えませんが、自分の性質をこうやって人々のために役立てているのに過ぎないのです」


 万屋の告白のようなものに私は不思議と納得した。この男の不気味さ、感情を感じさせない喋り。得体のしれないものを前にしているような感覚に間違いはなかったのだと。

 感情を爆発させている男と、万屋は一見すれば真逆の存在なのに何となく似ていると感じたのはそれが理由だったのだろうかと。

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