第2話 犯人
警察の捜査が順調に進んでいるのかいないのか。私たちに入ってくる情報は、テレビのニュースや新聞に掲載される以上のことは何もなかった。
初七日をおえて、四十九日が近づいてくると、私は万屋に騙されたのだろうかと考えるようになってきた。そもそも、警察が見つけることの出来ない犯人を一体どうやって探すというのだろうか。
私たちの生活も元通りとは言わないまでも、日常が少しずつ戻ってきていた。
父は会社へと出勤するようになり、母はパートと家事をするようになった。私も学校に通うようになって、姉のいない生活に慣れ始めていた。
ほとんど会話のない食卓に、意味もなく流されているバラエティ番組を見て多少なりとも笑えるようになってきたころ、万屋が連絡を寄越してきた。
「見つかりましたよ。お姉さんを殺した男」
一瞬にして私の心は、姉を失ったあの日に戻ってきた。
前へ進み始めていた私にとって、それはあるいは良くないことだったのかもしれない。でも、それでも、私には必要なことだと思ったのだ。
父や母には何も言わずに、私は万屋の元を訪れた。
彼が案内してくれたのはタイル張りのシャワールームのような場所だった。いや、事実シャワールームなのかもしれない。なぜなら壁にシャワーヘッドがついていたのだから。
地面には水を流すための溝があり、家具の類はない代わりに部屋の中央にはステンレス製のテーブルが置かれていた。テーブルの上に男が手足を縛られて仰向けになっていた。
目隠しや猿轡でわかりにくいけども、姉と同じく大学生くらいに思えた。
テーブルの横には同じくステンレス製の台があり、ナイフやハンマー、のこぎり、ペンチ、様々な工具が並べられていた。
「好きな道具を使っていいですよ」
万屋の声は耳元で囁かれるように小声なのにしっかりと入ってきた。
「本当にこの男が?」
「ええ」
「顔を見ても?」
「目を見るのはお勧めしませんよ。それに口を利かせるのも良くない」
万屋が言うには目を見ると、躊躇してしまうことが多いそうだ。目を見ると、目の前にいるのが殺人鬼という化け物ではなく一人の人間に見えてしまうらしい。ましてや命乞いの言葉も真っ当な人間には手を止めさせる効果が高い。
私はしばらく考えたが両方とも外してもらうようにとお願いした。姉を殺した男が私に慈悲を請う姿を見たかったのだ。泣いて生を懇願する様を見てやりたかった。
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