11

 ​─────いくつもの高層ビルが、視界いっぱいに立ち並んでいる。

 二人のまわりにはたくさんの人、人、人。


 太陽が眩しく輝く昼前、零八とリレイアは都市中央にある繁華街へと来ていた。


 あちこちからは客の呼び寄せの声や、店から漏れるBGM、電車の走る音など、色々な音が聴こえてくる。

 静寂しかない夜と違って、昼はこうも活気に満ちていた。


 零八の屋敷があるのは都市部から少し離れた場所にあるため、こうも栄えた景色にリレイアは目が回りそうであった。



「わあ〜・・・・・・ヒトがこんなにたくさん・・・・・・」



 まわりをくるりと見渡しながら、リレイアはぽつりとそう零した。

 高層ビルも色鮮やかなデザインの店も、どれも彼女にとって新鮮なものだった。



「ところで、どうして急にこんなところへ連れてきたの?」


「・・・・・・お前のその格好だ。そのままじゃ目立つだろ」


「んん?」



 考えること数秒。リレイアは思い出した。

 自分がドレスの裾を破っていたことを。


 全ては零八が自分で腕を切ったことにより、それに驚いた彼女が止血をしようと咄嗟に裾を破り、彼の傷口に当てたのだ。

 リレイアはドレスをそのまま着ていた。


 彼女は一瞬噴き出して、くすくすと肩で笑いながら零八に言う。



「貴方ってこういうところで変に真面目よね。わざわざ弁償してくれるって・・・・・・」


「そういう意味で言ったんじゃない。目立ってもし見つかって真っ先にDAFに殺されるのは、百パーセントお前のほうだ。・・・・・・まあ、死にたいなら止めはしないが」



 まあ、そういうことにしときましょう。

 と。リレイアは心の中で呟いた。



「それもそうよね。やった、ショッピングだわ。行きましょう、レイヤ」



 リレイアは花が咲いたような笑顔を浮かべて、店が並ぶ大通りへと小走りで向かっていった。

 大きなショーウィンドウに、洒落たデザインの服やアクセサリーが展示してある。彼女は感嘆の吐息を漏らしては、瞳を宝石のように輝かせてそれらを眺める。


 楽しげなリレイアから少し離れた位置で、零八は彼女を見ている。



「どんなのを着ようかしら。何がいいと思う?」


「知らん」



 ばっさりと零八はそう返す。

 冷たい態度にリレイアは頬を膨らませた。



「でも、目移りしちゃうわ。どうしようかしら・・・・・・」



 あちこちをうろうろするリレイアを眺めては、零八は深い溜息を吐いた。


 本当なら現金だけを彼女に渡してあとは放っておき​たいのが零八の本音だが、悪魔であるリレイアのことを外で放置するのは極力控えなくてはいけないのだ。

 もしDAFにバレたときに動けるように、という理由と、人間に手をかけそうになったときに瞬時に処分出来るように、という理由だ。


 いくら人間を食べないことを承知していても、悪魔は悪魔。そう零八は心に刻みつけている。


 だから彼女と共に行動するのは、監視が目的である。

 夜のように刀は着けていないが、やはりポケットの中にはいつもの折り畳み式ナイフが入っている、



「まるで私の騎士みたいね、レイヤ」



 零八の心を読んだかのように、リレイアは口元に手を当てて笑う。

 彼は彼女を睨みつける。



「ふふ、冗談よ。分かってるわよ、監視でしょう? そういう契約だものね」


「分かってるならさっさと決めろ」


「えー。せっかくのショッピングなのに」



 リレイアは口を尖らせるが、そのあとすぐに見つけた大きな熊のぬいぐるみで、不機嫌な態度はどこかへ飛んでいった。


 リレイアはすっかり機嫌を取り戻し、鼻歌まで歌っている。



「あ、あの髪飾りも綺麗・・・・・・」



 それは海がモチーフなのか、貝殻やヒトデのパーツが散りばめられていたヘアクリップだった。彼女は瞳を輝かせては、しなやかな指先で窓をなぞる。


 零八ははしゃぐリレイアの様子を見ては、微妙な顔を浮かべている。彼女はちっとも落ち着きが無い。


 ポケットに手を突っ込んでリレイアの後ろをついて行くと、ふと、彼女の足が止まった。

 視線の先にあるのは、白を基調としたデザインの洋服店だ。ショーウィンドウには、淡い水色のワンピースを纏うマネキンが設置されている。


 リレイアは振り向いて、この店の入口を指さした。ここに入りたい、ということだろうか。

 零八は頷いて、二人は店内へと入る。


 店内もまた白を基調としていて、そんな質素なデザインだからこそ並べられている衣服を鮮やかに目立たせていた。リレイアはあちこちに視線を巡らせて、花が咲いたような笑みを浮かべていた。


 零八は居心地の悪さに今すぐにでも外に出たかったが、リレイアを監視しなければならないのでそうはいかない。

 そんな彼を他所に、リレイアは興味津々の顔で店内を踊るようにまわっている。



「何かお探しですか?」



 そのとき、一人の女性定員がリレイアに声をかけた。距離が近い。相手は当然人間だ。零八はリレイアとの距離をつける。

 この定員を守る為の行動だ。


 リレイアは一瞬きょとんとした顔をすると、ふっと微笑んで定員に言った。



「ええ。新しいお洋服を探しているの。そうね、ドレスのようなデザインが良いわ」


「なるほど。では、こちらのワンピースはいかがでしょうか?」



 定員が持ってきたのは、彼女が着ているのと同じような、純白のワンピースだった。

 リレイアが今着ているのはロング丈のドレスだが、ワンピースは膝丈の長さで可愛らしいデザインとなっている。

 胸元にはリボンが施されていて、裾ではレースががふわりと揺れている。可愛らしいが同時に上品でもある、そんなデザインだった。


 リレイアは目をきらきらと輝かせていた。一目見て気に入ったようだ。



「素敵だわ! ええ、すごく気に入った! レイヤ、これを選んでも良いかしら?」


「・・・・・・好きにしろ」


「やったっ」



 リレイアが嬉しそうに笑うと、定員も優しい笑みを浮かべる。



「ありがとうございます。では、丁度いいサイズを御用意致しますので、試着室へどうぞ」


「分かりました。レイヤ、ここで少し待っていてね」



 ぴくりと眉を寄せた零八に、リレイアは目で合図を送る。

 大丈夫、襲ったりしないから。信じて待っていて。

 と。彼女の瞳はそう言っていた。


 零八はその視線を受け取って、頷いては静かに待っているのだった。




***




「ああ、最高の気分。可愛いドレス・・・・・・じゃなかった。わんぴーす、って言うのよね。すっごく素敵だわ」



 リレイアはご機嫌な様子で、くるりとターンをする。ホワイトブロンドの髪と純白のワンピースの裾が、ふわりと踊る。

 ウインドウに映る自分の姿を見ては、彼女はふふふ、と笑っていた。


 そんなリレイアを、まわりの人はちらちらと見ていた。明らかに彼女は注目されている。



「死にたくないなら目立つ行動をするな。どこにDAFがいるか分からない」


「はぁい、ごめんなさい」



 リレイアはちらりと舌を出した。

 今度は零八の隣に来て、彼女は耳打ちするように話し出す。



「さっきの定員さん、面白かったわね。私たちのこと恋人だと思って・・・・・・」


「・・・・・・おい。わざわざ掘り返さなくていい」



 零八は睨みつけるが、リレイアは楽しそうにクスクスと笑うだけであった。


 ​────そう。リレイアはワンピースを試着しているとき、定員は零八の話をしだしたのだ。

 袖を通し、サイズを確かめていると、定員は彼女に言った。



『大変お似合いです。髪色ともよく映えますね。これなら彼氏さんもお喜びになるでしょう』



 一瞬何を言われたか分からなくて、リレイアはぽかんと口を開けた。

 彼氏、と言われて一体誰のことかと思ったが、今一緒にいるのは零八しかいないのだ。

 リレイアは思わず噴き出しかけたが、それをくっと堪えた。


 訂正せず、リレイアは結局最後まで何も言わなかった。

 そして零八が会計を済ませたあと、店を出ようとする二人に向かって、定員は笑いかけた。

 「どうか、末永くお幸せに」、と。

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悪魔の優しい殺し方 綿森 もぎ @mogmogyomogi

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