07
昼下がりの教室、窓際の席で零八は午睡から目が覚めた。
彼は授業をまともに受ける気もなく、眠気に抗おうとせずにそのまま机に突っ伏せて眠っていた。教師は絶対に気が付いていただろうが、何も言わなかった。
欠伸を噛み殺しながら、今度は退屈そうに窓の外を眺める。実際に授業は退屈だった。零八は勉強は出来るが、それ以前に興味が無かった。だから授業を真面目に聞くことはなく、こうしてたまに最低限の回数で受けては、眠ったりぼうっと窓の外を眺めたりしている。
そんな態度を繰り返す零八を見ても、教師たちは彼に強く言うことはしなかった。提出される満点のテストと、複雑な家庭状況だけは知っていて、それで勝手に同情しているせいもあるのだろう。いや、同情ではなく普通に零八を怖がっているだけの教師も当然いるが────。
彼を恐れているのは教師だけではなく、生徒のほとんどがそうだった。
他とは違う銀色の髪と、目が合うだけで殺されそうな鋭い目付き。冷たい態度と、自ら他人を拒絶するような雰囲気は、誰とも深く関わる気はゼロということを知らしめていた。
だから零八の通う
悪魔狩りをしているだとか、悪魔と人間のハーフだとか、そんなことは勿論まわりには一切言っていないが、零八は当然のように孤立していた。
そしてそれを気にしないどころか、むしろこの状況のままでいて欲しいというのが零八だ。
全てがどうでもいい。
口癖のように彼は今日も、心の中で呟いた。
零八は目をごしごしと擦って、窓の外から黒板へと目線を移す。
壁にかけられた時計はあと少しで授業中が終わることを知らせている。彼のいる三年三組の生徒たちも、そんな時間のせいか集中力が散漫しているのが分かる。特に授業内容が数学ならば尚更だろう。
頭を使うのに疲れ、うとうとしている生徒の姿も何名か見える。零八ほどではないが、それぞれが授業の退屈をやり過ごしていた。
彼の机の上では真っ白なノートと閉じたままの数学の教科書が広がっている。
頬杖をついて時間を潰しているうちに、とうとう授業の終わるチャイムが鳴り響いた。そうすれば、教室には一気に喧騒が満ちていく。
零八は帰る支度をする前に、ポケットからスマートフォンを取り出してニュースをチェックする。
画面には、今朝放送していた例の悪魔の事件記事が並んでいて、各メディアが大騒ぎしていた。彼は温度の無い瞳で画面をスワイプする。
「・・・・・・悪魔が出たところ、私の家の近くなんだ。怖いなぁ・・・・・・」
と。
教室の隅で、女子生徒数名が固まってそんな会話を始める。
「やだ、気を付けてね。早く捕まって欲しいね・・・・・・」
「本当よ。DAFは何してんだろう」
「相当手こずってるみたいよね。物騒で夜絶対に出歩けないわよ」
女子生徒たちはそれぞれ浮かない顔を浮かべている。
零八はちらりと教室の隅に目をやってから、やがてポケットに携帯電話を戻し、薄っぺらい鞄を手に持つ。
そして早足で昇降口へと向かった。廊下で群がっていた生徒たちは怯えた顔をして彼から離れていく。
零八は気にする素振りも見せず、昇降口で靴を履き替えては、校門を潜り抜けた。
「ねえ、そう言えばこのウワサ知ってる? 夜になると、刀を持った男の人が悪魔を殺し回ってるって」
「あー、DAF以外にも悪魔狩りする人がいるって聞いたことある。けど、刀持ってるって・・・・・・そんなん嘘でしょ〜・・・・・・」
「でもね、友達が言ってたんだけど────その男性は、銀色の髪を生やしてるんだって」
「銀色? それってまさか────」
昇降口に、そんな会話をする生徒同士の姿があった。
早足で帰路に就く零八には、その会話が耳に届くことはなかった。
***
「あら、レイヤ。帰ってきてたのね。おかえりなさい」
「・・・・・・・・・・・・」
帰宅して早々に、零八はげんなりした顔で廊下に立っていた。
リレイアはというと大きな段ボールを両手で抱えて運んでいる最中だった。
「・・・・・・お前、その部屋・・・・・・」
「ベッドもあったし、ここを使わせて貰うわ。あと、使わない荷物は物置部屋に置かせてもらったから。勝手にごめんなさいね」
物置部屋というのはリレイアが二番目に見付けた部屋だった。散らかり放題だったその部屋もリレイアはまずは整理して纏め、彼女がこれから使う部屋のいらないものを置いていった。
リレイアは頑張ってなんとか床に物が落ちていない状態と、ベッドを綺麗にすることが出来たのだった。
見違えった部屋を零八はちらりと見て、額を押えた。
そう、彼女の部屋は零八の母が使っていたという部屋だったのだ。
「・・・・・・やっぱり駄目だった?」
黙り込んだ零八を見て、リレイアは申し訳なさそうに眉を下げる。
彼女の弱々しい問いに、零八は首を振った。
「・・・・・・いや。朝も言ったが、俺は俺の部屋しか使ってない。好きにしろ」
「良かった、ありがとう」
リレイアはほっと胸を撫で下ろした。これで彼女の寝床は確保された。
一日では、ああも荒れていたこの部屋の掃除を終わらせることは出来なかったが、前と比べて随分綺麗になった。きちんと整頓されていて、やっと人がまともに過ごせる空間を持つ部屋がこの屋敷に一つ生まれたのだった。
「あ、そうだ」、と突然にリレイアは思い出したかのように部屋の奥へと行く。そしてすぐに戻ってくると、彼女の手に握られていたのは収納ラックの上に飾られてあった写真立てだった。
リレイアは写真を零八に差し出した。
「これ、貴方のお父様とお母様の写真。部屋に置いてあったわ。貴方が持っていって」
「いらない」
「いやいや、貴方が持っておくべきものでしょう」
首を振る零八にリレイアはむっとした顔で写真を押し付ける。だが、彼は本当に受け取る気が無かった。
リレイアは大きなため息を零して、零八の部屋の前へと早足で移動する。二人の部屋は対角線上に位置していた。
「入るわよ」
「おい・・・・・・! だから要らないって言っているだろう」
「駄目よ。こういう写真は貴方が持つべきでしょう。私の部屋に飾っておいても意味が無いもの」
扉を開けて、本棚の上に写真立てを設置する。
「うん、これでよし」、と満足気に笑うリレイアを見た零八は舌打ちをする。
彼の部屋もまた、同じように散らかっていた。
机の上には出しっぱなしの分厚くて古い本。ベッドには脱ぎ散らかした服。返却された満点のテストがくしゃくしゃに丸まって、ゴミ箱の横に散乱していた。
リレイアはその様子を目にして、今度は彼女がげんなりする表情を浮かべる番だった。
「貴方の部屋も、あとで私が掃除すべきね」
「しなくていい。勝手に入るな」
零八はリレイアを睨みつけるが、彼女は聞こえないふり。
「お前はそもそも俺の部屋に近付くな」
「掃除くらい良いじゃない。この家に住む以上、掃除は私の仕事よ」
「俺の部屋以外をやれ。殺されたいのか」
彼の殺気に、リレイアはやれやれと両手を上げて、降参のポーズをとった。
これはしばらく零八の部屋に入ることは難しそうだ。
「もう、相変わらず物騒ね。・・・・・・良いわ、いつか絶対ピカピカにしてやるんだから・・・・・・!」
リレイアはそんな誓いを立てた。
そのまま零八に廊下に追い出され、彼の部屋の扉が勢いよく閉ざされる。
一人取り残された彼女は、再び自室の掃除に取り掛かるのだった。
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