25
×月×日
「やはり、50の奴ではいまいちだな」
ふと、隣でそんな事を如月は溢した。
その言葉の意味がわからず、自分は紙箱の中整然と並べられたそれらを一つだけつまみ上げてから尋ねる。
「一体何がいまいちなの?」
「わかってるであろう、香りだ香り、この紅茶が最大限輝く瞬間は、封を開けたその刹那ではあるが、どういう訳か25入りの奴と比べて、この50の奴は香りが弱い」
「ああ、そういうことね」
その言葉を聞き、自分は他人事に納得すると、つまみ上げたティーパックを鼻に近づけ、香りを楽しむ。
「弱いとは言えど、この香りが良い香りなのは間違いが無い。
甘くて品がある、決して暴力的では無く精廉な香りであろう」
「まぁ、これはあくまでも安物の其れだけどね」
「値段だの人気だのはどうでも良いのだ、これはお前が好きか嫌いかの話であるからな」
全くもってその通りだ。
この世界全ての物事に、一番なんて物は無い。
結局のところ大勢が各個持つ価値観の中で採点を行い、その中で一番票がそれを一番だのと決めるだけの話なのだ。
故に、誰かにとっての最高は誰かにとっての最低でもあり、その逆も存在する。
ただ……
「その筈なんだけど、どうにも世界は一番を決めたがる」
ただ個人が楽しむ為だけのスポーツに、いちいち順番を競う文化を押しつけ。
音を楽しむための楽器を与えれば、すぐに誰が一番うまく弾けるかだのと騒ぐ。
挙げ句、只の嗜好品でしか無いゲームだのと言った部類の存在ですら、今では大会が開かれる有様だ。
ただ楽しみたいだけなのに、世界はそんな平和すら許容してくれない。
一人で静かに楽しむ事すら、世界は認めてくれない。
嫌味で生き辛い世界だとつくづく思う、だけど、そんな苦痛など普通の人間など感じないのだろう、では何故自分はそんな気持ち悪さを覚えるのか、その答えは簡――
「良い香りであろう?」
そんな思考は、突如顔面に押しつけられたティーパックの感触により中断させられていた。
「さぁ嗅げ、お前の好きな香りだ」
如月には物理的な力など存在しない、故にその白い指が掴んでいる大量のティーパック全ては、如月の存在と同じ虚構なのだろう。
だけど、虚構のそれでも香りと感触だけは本物だった。
世界は其れを安物だと決めはしたが、それでも――
「どれが一番だのと下らぬ事は良いであろう。
誰にも迷惑はかけておらぬのだ、お前一人が楽しめる物だけを選べば良いのだよ阿呆」
ポロポロとティーパックの束を落とす中、如月はそんな事を呟くのだった。
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