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×月×日
もし自分がまともなら、そんな歪んた考えに行き着きはしない筈だ。
もし自分が出来損ないじゃなければ、そんなどうでも良い発言、適当に聞き流せていた筈だ。
だけど、生憎な事に何気なく放たれた発言は嫌味な位胸の奥深いところに刺さり、奥に隠れていた膿と漿を掻き乱す。
折角忘れていたのに、折角仕舞っていたのに、考えなしなマイクロアグレッションによりぽっかりと空いた穴からは、生臭い匂いの其れがあふれ出し、その匂いに自分は吐き気を覚えながら狼狽える他無くなってしまうのだ。
嫌な気分だ。
本当に吐き気がする。
『結婚しろ、子供を作れ』
その言葉は確かに当たり前の発言ではある、人間だって所詮は動物だ、だから生存戦略として当たり前にその手の事を行う義務があるし、大抵の場合進んでそれらの行動に賛同するものだ。
そんな言葉を耳にして、『相手がほしい』などと言えるほどシンプルな思考回路していれば幸せだったと思う、問題なのは、先の言葉に対し、魅力を感じることができないどころか、嫌悪感を覚える事が問題なのだ。
気がつけばずっと昔からそうだった。
自分はただ大人しく、狼とは違う別の何かとして生きていければ良かった。
牙を剥く必要も感じなかったし、そういう感情すら自分には理解できなかった。
だけど、世界は愛を強要する。
それもどこまでも残酷に、執拗に、情け容赦無く。
一般的な幸せを受け入れる事ができない。
専門的な言葉を用いれば、Aセクシャルなどと呼ばれるその状況は詰まるところ、対象が人間ですら……いいや、生き物ですら無いと指し示す為の烙印だ。
生き物ですらないから、繁殖という生物が生物たる最小単位の行動すら取れない。
そんな出来損ないの存在を容認する程、世界は優しくは無い。
言葉そのものが辛いわけではない。
言葉に対して苦痛を感じる、それが自分にとって己が生き物ですら無い、いわゆる出来損ないに過ぎないからという証明になるからこそ、辛いのだ。
正直、自分は人間が嫌いだ。
でもその感情が、自分が生き物ですら無いからこそ感じる物だと思えた時、酷く悲しい気分になる。
だからそんな言葉はできるだけ、ぽっかりと穴の開いた胸の奥に仕舞っておくのだ。
「ならばお前は私の事も嫌いか?」
右目からだらだらと血の筋を垂らす如月は、そんな事を問う。
「いいや、少なくとも君は人間よりはマシな存在だよ、だって生きてないからね」
皮肉交じりなその言葉に、如月はなんてこと無い様子で返す。
「ならば生き物ですら無いお前も、人間よりは幾分マシであるな」
その言葉の後、如月は頬を吊り上げ薄ら笑みを浮かべるのだった。
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