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×月×日
酒が飲めない、あるいは酒の美味しさがわからない人間に対し、飲酒を強要するのは迷惑な事だと大多数のまともな人間なら感じるだろう。
生まれつき足のない子供に対し、サッカーの素晴らしさを説く行為は残酷なことだ。
多分これも大多数の人間なら同感を述べるだろう。
多分、それらと同じ出来事なのだ。
違うとすれば、この場合はそのときの精神的苦痛をほとんど全ての人間が理解などせず、ごく当たり前の事として、ごく何気ない会話のやりとりとして、そのマイクロアグレッションは放たれる事だ。
「お前は狼では無いのにな」
自分が一番欲していた言葉を、存在しないその影は口にする。
「世界にとってそれは必要な理であるのも理解できる。
大多数の人間にとっての幸せなのも理解はできる、だが、その幸せを理解できぬ人間にとっての強要は、どうにも居心地が悪い。
特に、お前の様に自分を狼だと認めぬ存在には……いいや、狼の皮を被せられた者にとっては、本当に吐き気がする言葉だよ。
ハラスメントとやらはいつだって迷惑だ。
勝手に決めつけ、勝手にあり方を強要する。
ただ平和に過ごしたいだけなのに、世間はいくらでも愛だの恋だのを強要する。
所詮は性欲の延長に過ぎぬそれを、世界はお前に強要する。
どれだけ苦痛を語ろうが、どれだけ自分が狼でないと証明しようが、否応なしにお前の意思を否認し、世界はそのハラスメントを強要する。
本当に、生き辛い世界だよな」
本当に生き辛い世界だと思う、だけどそんな思いを抱く原因は、自分が出来損ないだからなのだ。
そう思うと、いっそのこと自分の体が醜く思えてくる。
自分の心が賤しく思えてくる。
だからこそ消えて無くなりたいと思う時だってある。
だからこそ、全ての他人が信じられないんだ。
「如月、少しだけ一人にしてくれ」
色々な音が無意味に大きく感じられる、五月蠅い、時計の秒針も、テレビに仕込まれたコンデンサのコイル鳴きすら耳につく。
「安心しろ、初めからお前は一人であろう?」
だけど、そんな声が聞こえる一瞬だけは世界が静かになった気がした。
「確かにそれもそうだ……」
悪戯めいた如月の言葉に皮肉を返すと、ふと思いついた言葉が口から漏れていた。
「君が生きて無くて良かった、もし存在するのなら、君の事まで嫌いになっていたかもしれない」
「好きでないだけで十分だったのだがな」
そんな事を言えるからこそ、如月を嫌いにはなれないんだ。
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