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 ×月×日


 あるところに、灰色の狼が居たという。

 その狼は、自分が無害な生き物であることを認めてほしいのにもかかわらず、狼であるが故に偏見に苦しんでいたという。

 生まれ持った性、決して変えることができぬレッテル。

 呪いとも呼べるそれに苦しみながらも、そんな自分を理解してくれる存在を求めて旅をしていた。

 そしてあるとき、自分を唯一理解してくれたと思った羊が、結局のところ狼を自分を危険な存在であると認識しており、いつの日か自分に牙をかけると思っていた事を知る。

 その事を知った狼は、怒りと悲しみのあまり泣き叫び、本人が一番嫌っていた暴力に訴え出たという。

 その物語は、今でも他人事とは思えない。

 いいや、他人事ではなく現実にあった出来事だからこそ、自分はああして別の形を与え、吐瀉物の様に活字と言う姿で吐き捨てたのだ。

 ほんとに最悪な出来事だった。

 無害な存在であろうとしても、世界は自分を凶暴な物だと決めつける。

 パズルのピースが形を変えてはならぬのと同じく、世界は存在のあり方を無理矢理に固定し、ステレオタイプな唯一無二を押しつける。

 「もう忘れてしまえとは言わぬさ、其れができればこうしてふと思い返し、気分を害す事などあるまい」

 くっきりと歯形が浮いた自分の指を見つめ、如月は血の様に赤い瞳を伏せる。

 「悲しいな、男というだけで勝手に強姦魔扱いされ。

 男と言うだけで勝手に男女の関係とやらを強制される、本当に悲しい事だな」

 今でも発作の様にぶり返す記憶に吐き気を覚え、反射的に指を噛みしめた自分に対し、如月はいつもとは違う弱々しい声でつぶやく。

 「ほんとに辛いよな。

 違うと言っても世界はお前を認めない、世界はお前を理解してなどくれない。

 『狼ではなく只の犬っころだ』と言うても、結局は懐に猟銃を隠し、お前が牙を剥くその瞬間に備えている。

 たとえ牙を折っていても、その対応は変わらない。

 だから悲しいよな、いっそ性別などない方が幸せだとお前は思うんだろ」

 歪曲した理想だが、それこそが理想なのだ。

 故に……

 「お前の理想を奪ってしまいすまない、だが、私だけはお前を理解する、虚構ですまないが、少なくとも虚構の私だけはお前を認めるし理解する。

 だからこれ以上世界を嫌いにならないでくれ」

 如月は長い髪を揺らすと、それ以上は何も言わず部屋の隅に座り込み、如月は目を伏せるのだった。

 

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