23
×月×日
あるところに、灰色の狼が居たという。
その狼は、自分が無害な生き物であることを認めてほしいのにもかかわらず、狼であるが故に偏見に苦しんでいたという。
生まれ持った性、決して変えることができぬレッテル。
呪いとも呼べるそれに苦しみながらも、そんな自分を理解してくれる存在を求めて旅をしていた。
そしてあるとき、自分を唯一理解してくれたと思った羊が、結局のところ狼を自分を危険な存在であると認識しており、いつの日か自分に牙をかけると思っていた事を知る。
その事を知った狼は、怒りと悲しみのあまり泣き叫び、本人が一番嫌っていた暴力に訴え出たという。
その物語は、今でも他人事とは思えない。
いいや、他人事ではなく現実にあった出来事だからこそ、自分はああして別の形を与え、吐瀉物の様に活字と言う姿で吐き捨てたのだ。
ほんとに最悪な出来事だった。
無害な存在であろうとしても、世界は自分を凶暴な物だと決めつける。
パズルのピースが形を変えてはならぬのと同じく、世界は存在のあり方を無理矢理に固定し、ステレオタイプな唯一無二を押しつける。
「もう忘れてしまえとは言わぬさ、其れができればこうしてふと思い返し、気分を害す事などあるまい」
くっきりと歯形が浮いた自分の指を見つめ、如月は血の様に赤い瞳を伏せる。
「悲しいな、男というだけで勝手に強姦魔扱いされ。
男と言うだけで勝手に男女の関係とやらを強制される、本当に悲しい事だな」
今でも発作の様にぶり返す記憶に吐き気を覚え、反射的に指を噛みしめた自分に対し、如月はいつもとは違う弱々しい声でつぶやく。
「ほんとに辛いよな。
違うと言っても世界はお前を認めない、世界はお前を理解してなどくれない。
『狼ではなく只の犬っころだ』と言うても、結局は懐に猟銃を隠し、お前が牙を剥くその瞬間に備えている。
たとえ牙を折っていても、その対応は変わらない。
だから悲しいよな、いっそ性別などない方が幸せだとお前は思うんだろ」
歪曲した理想だが、それこそが理想なのだ。
故に……
「お前の理想を奪ってしまいすまない、だが、私だけはお前を理解する、虚構ですまないが、少なくとも虚構の私だけはお前を認めるし理解する。
だからこれ以上世界を嫌いにならないでくれ」
如月は長い髪を揺らすと、それ以上は何も言わず部屋の隅に座り込み、如月は目を伏せるのだった。
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