22
×月×日
物事の認識には限界がある。
だからこそ人はよくわからない物を適当な認識でわかった気になる。
その感覚は、楽器に詳しくない人間がシンセサイザーやキーボードをピアノと呼んだりする感覚に近いだろう。
実のところこれはかなりやっかいな特性だとも思う。
わからないから適当にひっくるめる、だからこそ対処が出鱈目だし、そういう間違いのもと繰り出される言葉には驚くほど強烈な毒素が含まれているものだ。
ではどうすればこの問題を解決できるのか――
「簡単であろう? 理解できないを理解すれば良いのだ」
「出来損ないのトートロジーかな?」
「阿呆、そのままの意味だ」
何が狙いなのか、半開きになったタンスの中、仰向けに寝そべり首から先だけをタンスから出した如月は得意げな口調で告げる。
部屋の中に生首が転がっている様にしか見えないその光景は、端から見るにはどうにもシュールな物だが、そんな事気にもとめないのが如月の強みなのだろう。
そもそも、なぜこんな事をしているのかすら不明ではあるが。
「もとより、人は全てにおいて理解し合える存在では無い。
そのくせして、一部のはた迷惑な連中は他人の気持ちを理解したつもりで、一方的なエゴを押しつけるから問題なのだ。
酒が飲めぬやつに『これは飲みやすいから』と言い無理矢理酒を飲ませたり。
散らかってるからと机の上を勝手に片付けたりの。
酒が飲めぬのは味が嫌いなだけではない、単にアルコールを体が受け付けぬのだ。
荒れた机は確かに嫌かもしれぬ、だからといえ、勝手に道具の配置を換えられては適わん」
「何故嫌なのかを理解せず、勝手な想像で決めつけた結果の行動は大抵ろくな事は無いからね」
故に、なのだろう。
「お前は鼠がテーブルマナーを守らぬ事に腹を立てるか?
草木が言葉に相づちを打たぬ事を気に病むか?
其れと同じだ、余剰に相手を理解できたと信じるから、傷つけ傷つけられるのだ。
初めから意思の疎通などできなくて当たり前と思えば、何も問題はあるまい」
最初の如月の言葉の通り、『理解できない』のなら『理解できない』を理解すればいいのだ。
初めから意思の疎通などできないと、自閉してしまえば何も問題は無い。
それは確かにその通りだ、だけどそれは、ほんの少しだけ寂しい事でもある……
「まぁそもそも、其れができたとしても、全く傷つかぬ訳でもないとは思うがの」
そう言い、如月は相変わらずシュールな姿のままこちらへと視線を向けると、そんな事を得意げに言う。
少なくとも自分に関しては、全てを理解し、全てを認め、全てを共感してくれる唯一のその陰は、虚像とは思えぬ存在感をまとったまま、静かに笑うのだった。
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