10
×月×日
『もし気が向いたのなら』そんな前提事項のもと如月から提案されたそれを、自分は今日実行に移した。
如月曰く、自分はあまりにも家にこもりがちなのだとの事で、ろくに換気もしない部屋の中一人で本を読んでいた自分に対し、如月は外に出ることを提案したのだ。
幸い、自分が騒がしいところが苦手であることを知っている如月は、その提案に付け加えて、行き先と行動もしたのが昨日の出来事だ。
家から程近い場所にある河川敷、その一端に椅子を設置し腰掛ける。
「こういうのも最近は少なくなってたであろう?」
使い古しのアウトドアチェアに腰掛け、読みかけの本を開いたとき、聞き慣れたその声が隣から聞こえた。
その声から想像はしていたが、案の定そこに居たのは如月で、実在しないその人物もまた、自分とおそろいの椅子に腰掛け、脇腹から流れる血と白い肌のコントラストを直射日光に晒している。
「如月は家から出ないと思ってたよ」
「心外だな、私はお前がいなければ家にも居れない虚構だぞ」
『なるほど』答え、僕はふと湧いた疑問を口にした。
「ところでその椅子は?」
「安心しろ、空想だ」
こういうところはつくづく便利な存在だと思う、その椅子もまた如月と同じ虚像だと言うことだ。
「便利だね」
「ところでお前、こういうのをなんと言うか知ってる……いいや、覚えておるか?」
「ああ、チェアリングって言うんだっけ、一時期流行りそうで流行らなかった奴だよね」
「存外お前の記憶力は正常だな」
人気の無い河川敷、静かに過ごすにはぴったりなその空間で、如月は思い出した様子で口を開く。
「まぁ、お前が覚えているからこそ私もその知識を持っている訳だが」
久しぶりにこうして過ごす時間は心地良い、そのことを判っているからか、空想の産物である如月は、同じく空想で作られた背もたれに体重をかける。
「正直、お前がこの提案に乗るかは自信が無かったのだが、杞憂であったな」
「如月が提案したと言うことは、少なくとも自分がそれを望んでいたと言うことでしょ?」
「まぁな、だが、人ってのは自分の意思を無意識にねじ曲げる癖があるからな。
いわゆる同調圧力って奴で口を閉じたり、スキーマに従おうと直感に背いたり。
あるいはこうであろうと意固地になり、自分から型枠を作ったりと。
もっとよくある話じゃ、内心じゃ判っていることでも、あえて他人から指摘されるとその逆の行動を取りたくなったり。
いかんせん人間は面倒な生き物であるからな、私は自分が空想であって良かったとつくづく思う」
独り言みたく呟いた如月の声に、僕は苦笑いで答えると、如月は八重歯と呼ぶには鋭すぎる牙を見せ「これでも褒めているつもりだが」と呟いた。
「いずれにせよ、それはまだ飲まんのか?」
そう言い、如月が指さしたのはポケットに入っていた缶コーヒーだった。
何故そんな事を気にするのか、その理由は如月が自分の懐から取り出したそれだった。
「お前が飲まなくては、私には味が分からないではないか」
そう言い、如月は空想の缶コーヒーを持ち上げる。
「それは僕の無意識って事?」
「私がそう思ったのだからそうであろうな」
その言葉を聞き、自分はなんとなく、後で口を付けようと思っていた缶コーヒーの封を切るのだった。
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