第35話 幼馴染は負けヒロイン

(エリス視点)

目の前でボロボロになりながらも立ち上がるエレンさんを見る。

汗だくで肩で息をしている。

ここからの勝ち目なんてないというのに。


彼女の首には綺麗な青い月のネックレスがかけられていた。


その綺麗な輝きを見て、私の頭が痛くなる。

何か、大切なことを忘れているような。

そんな感覚。


しかし、私はあることに気が付いてしまった。


「貴女がこんなにボロボロになっているのに、婚約者であるライトさんは助けに来ませんね。」


「!!」


その言葉にエレンさんが目を見開いた。

周りの声も皆ライトさんを非難している。


「貴女の婚約者は、貴女のことなんてどうでも良いようですね。」


精一杯の皮肉を込めて言い放つ。


その言葉にエレンさんが俯く。


ほら。やっぱり。エレンさんは私と同じだ。

大好きな人に裏切られて、それでも信じたくなくて、みじめに抗っていたんだ。


想いが大きければ大きいほど、失った時の悲しみも大きくなる。


「これで終わりです。」


右腕に魔力を込める。


「…あぁ、やっぱりね。」


不意にエレンさんから声が上がる。

彼女も私に共感してくれたらしい。


「…私を分かっているのは、ライトだけだったわね。」


彼女が不敵に笑う。


「は?」


思わず素っ頓狂な声を上げてしまった。


「貴女、彼のこと好きでしょ?」


そう笑いながらエレンさんは、チラッと視線を横に移す。そこには、ライトさんと…アランがいた。


やめて。


「何で分かったって顔してるわね?分かるわよ。」


やめなさい。


「だって貴女…」


やめろ。


「以前の私にそっくりなんだもん。」


「やめてって言ってるでしょ!!」


風の魔術を放つ。

凄まじい轟音と共にエレンさんに竜巻が迫る。


「くっ!!」


これ以上喋らせてはいけない。


私の大切なところが全て剥がされる。


完璧にガード出来ずにエレンさんが吹き飛ばされる。が、すぐに立ち上がる。


「誰よりも大好きで。誰よりも愛しくて。でも彼は自分を見てくれない。そんな悲痛な目をしてる。」


やめろ。


「諦めたい、けど、諦められない。」


やめ…ろ。


「誰にも渡したくない。醜い嫉妬。」


やめて…ください。


「そして貴女が何故私にイラついているかも分かるわ。」


ダメ…崩れる。


「以前は私が、今はをしているから。私の想いが実を結んだから。」


違う違う違う違う違う違う違う違う違う!!


「貴女に何が分かるの!!!」


抑えていた感情が爆発した。


怒りに身を任せ、魔術を発動させる。


「うっ!!!」


私の放った爆炎魔術がエレンさんを包み込む。


私は自分の心にあったことを全てぶちまけた。


「産まれた時から特別で!!」


私とは違う。


「才能にも容姿にも恵まれて!!」


私とは違う。


「そして大好きな人も手に入れて!!」


私とは違う。


「誰もが羨むようなイージー人生の貴女に何が分かるの!!」


立場は違えど、同じだと思っていたこの人も、



私を裏切ったんだ。








私とアランは幼馴染だ。

そして……初恋の相手。今も、ずっと。


私達が5歳の時に私の両親が離婚し、母方に引き取られて母の実家のあるディールに来た。


幼かった私にとって、住み慣れていた田舎町からいきなり都会に来ることは相当な負担となった。


何をするのも怖かった。

誰かといるのも怖かった。

けれど…1人でいるのも寂しかった。


1人ブランコに乗っていた時だった。

その時、同じ公園で遊んでいた10人ほどの男子女子たちの内の1人が私に声をかけてくれた。


それが彼——アランとの出会いだった。


私は元々人見知りする性格でもなかったし、コミュ力も平均並にあった。だから皆んなとすぐ仲良くなれたし、もしかしたらアランに声をかけられなくても、そんな状態になっていたかもしれない。


けれど、見ず知らずの土地で不安を胸に抱えていた私にとって、その闇を取り払ってくれた彼は物語の正義の騎士みたいで。

私はお姫様みたいって思って。

彼は私の特別な存在で。


いつしかアランのことが好きになっていた。


彼と私は家も近かった。

だから知り合ってからほぼ毎日、一緒に遊んだ。

一緒に泥だらけになって遅くまで公園で遊んで、2人して一緒に怒られた。

捨てられていた猫を内緒で拾って来て、家の庭で飼っていた。

夜中にこっそり家を抜け出して星を見に行った。


アランとなら、

楽しいことや嬉しいことは倍になって。

悲しいことや辛いことは半分になって。


いつしか私の夢は「アランのお嫁さん」になっていた。


そんな幸せな日々がずっと続く。


そう思っていた。


彼が——婚約者を作るまでは。


12歳の時、私たちに知らされた事実。

アランは王家の長男、初代勇者の末裔だった。つまり将来、この帝国を率いることになる。

市民の暮らしを理解するため、ずっと彼は街で生活していたのだ。

その方が将来的に良いと判断されて。


別に何にも気にしてなかった。

アランが王族であろうとなかろうと関係ない。アランと私の幼馴染という関係が壊れるわけがない。

大きくなるにつれて一緒に居られる時間は減ったけれど、それでも私は彼が好きだった。


私も彼も読書が好きで、良く一緒に本を読んでいた。

1人の時間も読書をすれば彼を感じられた。


そんな中、私は一つの恋愛小説と出会った。


女子にモテまくっている男の子が主人公の物語。ヒロインは沢山いた。彼の幼馴染もその内の1人だった。



けれど、彼は幼馴染とは結ばれなかった。


私は何故か胸が締め付けられた。

苦しい…。痛い。


私はその傷を癒すように幼馴染が登場する他の恋愛小説を読んだ。

けれど、傷は癒えるのではなく、更に深く、深く私の胸に刻まれていった。


私の中でとある疑問が浮かび上がってしまっていた。


『幼馴染は……』


その疑惑を証明するように、私たちの関係は帝国学園に入って全てが変わってしまった。


アランは人気者になった。特に女子から。


言うならばハーレム状態。

彼が動けば何かしら女の子を知らず知らずのうちに救うし、皆んな彼を好きになる。

もちろんアランは顔はカッコいいし、性格だってすごく優しい。成績も優秀で非の打ち所がない。


まるで、あの物語と同じだった。


私は胸に湧いて来た不安を取り去るかのように、容姿も勉強も人一倍努力した。

彼の隣に立てるように。毎日毎日毎日。


学園に入ってから、彼は毎日綺麗な女の子に囲まれて、告白されていた。


けれど、彼が首を縦に振ることはなかった。

誰も彼の隣に居ることはできなかった。


けれど、私は幼馴染ということでずっと彼の隣に居続けた。それがとても優越感だった。


所詮は物語。現実とは違う。

きっと彼も私と同じように思ってくれている。だから、誰とも付き合わないんだ。


それがどれほどの自惚れだったことか、私はある日唐突に理解した。


アランと一緒に帰ろうと彼を探していたら、彼が告白される現場に居合わせてしまった。


相手は可愛いと評判の女の子。

少し不安になったが…


「ゴメン。君とは付き合えない。」


彼のその言葉を聞いてホッとした。が、


「僕には、将来を誓い合った婚約者がいるから。」


次の彼の言葉で私は目の前が真っ白になった。


婚約者…?


私が居るから…断っていたんじゃないの?

私のことが…好きじゃなかったの?


そこからどうやって家に帰ったか分からなかった。気が付いたら家のベッドの上で1人号泣していた。


ずっと、ずっと好きだったのに。

ずっと、ずっと一緒に居られると思っていたのに。


その時私は理解した。


私は、主人公アランと結ばれない運命にあると。



幼馴染わたしは…負けヒロインだと。』

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