第22話 月

マリー視点


「うぅ…うぅ…」


私は涙が出るのを堪えきれなかった。


私の手にあるのは彼から渡されたギルドカード。それを見て全てを察した。


私の命を救ってくれた金色の向日葵のもう1人のメンバー、カイト=エスティー。


私の為に、金色の向日葵のリーダーを犠牲にして、ベルゼブブを討伐した、彼。


彼とは初めて会ったとき、彼が感謝状や恩賞を受け取らず、あまつさえ姿をくらました理由は数日後に分かった。


彼は王家の呪いの話を知らなかったのだ。


もし、呪いの事を話していれば、犠牲は出なかったかもしれない。

作戦を練れば、仲間を集めれば、もっと安全に倒せたかもしれない。


私が知らなかったで済む話では決してない。


エレンが依頼したとはいえ、ベルゼブブを「犠牲者1名」で消滅させたのだ。

これを、私たちは何も考えずに王家の手柄として発表してしまった。

エレンの依頼を正式な王家の依頼としてしまった。

その際、王家の呪いを民衆に初めて伝えた。ベルゼブブが倒されたから。


その時初めて彼は呪いのことを知ったのだ。


結果としてエレンの下した判断は大きく評価され、英雄を作り出した英雄としてエレンは民衆から支持を受けるようになり、王家の支持率も上がった。


1人の少年とその友人の人生を犠牲に——。


「ごめんなさい…ごめんなさい…。」


彼が今まで、どれほど我慢して来たのか、想像もつかない。


己の親友を間接的に殺され、平民だと暴力や誹謗中傷を受けた。

それなのに、惚れたからって、コロっと掌を返されて勝手にアプローチされて…。

それでも、彼は誰よりも優しいから、エレンを助けてくれた。

友達として接してくれた。


そこにどれほどの葛藤があったことか。


私は何も考えずにエレンを後押しした。

彼のことなど全く考えずに。


先日もマーリン先生の力を借りて彼の村へと行き、彼の両親や村長と話をしてしまった。


村の皆は喜んでいた。

ライトくんが王女と結婚するからじゃない。

ライトくんがから、喜んでいた。


私がした浅はかな行動は、彼の未来だけでなく、居場所すら奪ってしまった。




エレンは帰ってきてすぐ、

自室に籠って出て来なくなった。


初めはライトくんと喧嘩でもしたんだろうなと軽い感じで思っていた。


だから、いつもの調子でエレンを励まそうとした。


扉の前でノックして、

ライトくんに会わなくていいの?って。


でも、逆効果だった。


「…会えないよ。」


今にも消えそうな涙声でエレンが呟いた。


様子がおかしいって思って部屋に入ったら、エレンがベッドで寝ていた。

全く生気の籠ってない顔で。


「エ、エレン!?どうしたの!?」


「私、もう死にたい…」


涙を流しながらずっと呟いていた。

私の問いなど答えもせず。


そして今朝、ノックしても返事がなかったから、入ってみたらエレンが血を吐いて倒れていた。


「エレン!!!!」


すぐに医師をよんで、治療してもらったからなんとか容体は回復して、お昼を過ぎる頃には目を覚ました。

でも、エレンの様子は変わらなかった。


「生まれ変わったら、今度こそ、ライトの傍に居られるかな…」


泣きながら自身の胸に付いている青色の月のネックレスを触っていた。


私はその時、ライトくんに怒りを覚えてしまった。

エレンがこんな感じなのに、心配のお見舞いにも来ない、と。


だから、文句の一つでも後で言ってやろう、

そんな思いさえあった。


それが、どれほど愚かな考えだったことか。


私には彼に頼む資格などない。


月明かりが私を照らす。

エレンのネックレスのように、キラキラと。


それは残酷なまでに美しかった。




エレン視点


あぁ…、綺麗だなぁ。


ライトから貰った月のネックレスを見つめる。


ライトを感じることができる唯一の物。

彼から貰った、私の宝物。


私に、彼と結ばれる資格なんてない。


彼の親友を殺して、暴力まで振るって、ずっと見下して。


何が取り返そうだ。何が惚れさせるだ。


彼からの好感度なんて…私が努力で取り戻せる次元じゃなかった。


もし私が王家の人間じゃなかったら。

もし私が平民だったら。


彼と一緒に過ごせたのかな。


ううん、きっと無理だ。

どんなに変わろうとしても結局私は私だから。


心が誰よりも醜い、クソ女。


彼はこの先、素敵な人と出会って、結婚して、幸せに暮らすんだろうな。


あぁ…、嫌だなぁ…。


彼の隣で笑うのは私がいい。

他の誰にも譲りたくない。


彼のお嫁さんになりたい。


けれど、もう私の小さな夢は終わってしまった。夢だけじゃない、何もかも、全て。


毒を飲んでも死ねなかった身体。

彼にいっぱい触って欲しかったこの身体。


もう、いいや。


ベッドから立ち上がり、窓へと向かう。

ここは7階。街が見渡せる位置だ。

窓を開けると、眼前には闇が広がっている。

もう、みんな寝ているのだろう、灯りも少ししかついてない。


窓に足を掛ける。

ヒンヤリとした感覚が伝わってくる。

風が心地いい。


「さよなら。」


1人ポツリと呟くと、私の身体は下へと落ちていった。


大きな風の音が響く。

そりゃそうね。落ちてるんだもの。


ネックレスの青い月が光っている。

彼が一緒にいてくれるような、安心感が私の体を包んだ。


走馬灯が私の脳裏を駆ける。

その殆どが、想い人との思い出だった。


初めてキスしてくれた時。

ワイバーンデビルから守ってくれた時。

お弁当を食べてくれた時。

フラインから守ってくれた時。




一緒に花火を見た時。




楽しかったな…この数ヶ月間。


彼と出会って、喧嘩して、仲直りして、また喧嘩して…。


人生で1番幸せだった。


ずっと、ずぅぅっと、そんな時間が続いて欲しかった。


「大好きだよ…。」


今までも、これからも、ずっと…


私の意識は霞んでいった…。

































「馬鹿野郎!!!!!!!」


…最後にそんな声が聞こえた気がした。

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