第21話 戻らない日常
ニーナとその赤ちゃん、トランはロイドの屋敷で保護することとなった。
そのため、ロイドとニックにはライトの過去を話した。
2人とも目を見開いて驚愕していたが、ライトの本当の実力を知る数少ない人ということもあり、すぐに納得してもらえた。
ラインとレインや、シオンもこの事は他言無用であると分かっており、学園では全くその話をせず、表向きは普段通りの生活を送っている。
学園の日常が再開した。
たった1人を除いて——
エレンは学園に来なくなった。
そのことに対して、多少ロイドやニックに、ライトは追求されたものの、ライトの表情を見て何かを察したのだろう。深くは詮索されなかった。王室からも連絡が全くないため、エレンが学園を休んでいる理由は闇のままだ。
「…驚きましたね。彼があのカイト=エスティーだったなんて。」
眼前で行われているフォルト対ライトの試合を見ながらロイドが呟く。
他にも生徒が多数いる。
選抜練習会の真っ最中だ。
「まぁ、納得じゃ。むしろ今までどうして気が付かなかったと思うくらいじゃわい。」
ニックが頷く。
ヒントは今までいくつもあったのだ。
しかし、それに気が付かなかった。
単にライトの性格というのもあっただろう。表舞台に立とうとせず、目立つのを嫌う。
今考えれば、それすら、金色の向日葵のメンバーに当てはまる気がする。
彼らは仮面で素顔を隠していたのだから。
「…どうしますか?エレンさんは。」
「どうしようもないわい。原因が分からない以上、下手に手出しは出来ん。」
「…ただ単に、ライトくんの過去を知ってショックだった…って訳ではなさそうですね。むしろ、彼の過去は栄光そのものですし。」
「こればかりは本人に、いや、本人達に解決してもらうしかあるまい。」
不安そうな表情でライトを見つめる2人。
彼の表情は、まるで仮面を被っているようだった。
剣と剣がぶつかり合う。
「…くっ!」
ライトの剣撃をギリギリで防ぐフォルト。
全盛期がとうの昔に過ぎ、日々身体能力が落ちていくフォルトに対し、ライトは成長真っ盛り。
ほんの数ヶ月前まであった天地ほどの実力差は今ではもう見る影もない。
僅かにライトがフォルトを押している状況でさえある。
——が
「ライトよ。お主、何を思い詰めておる?剣に迷いが出ておるぞ?」
打ち合いが終わり、一息ついたところでフォルトがライトに尋ねる。
「…そうですか?すみません気をつけます。」
軽く頭を下げるライト。
「気を付けてどうにかなるものでもなかろう。迷いは時に人を殺める。何があったかは聞かん。だが、それを解決する事を第一優先すべきだな。」
「ご忠告ありがとうございます。…では。」
そう言うとフォルトに背を向け、歩き出す。
その背中を無言で見つめるフォルトだった。
何度も通い慣れた通学路を歩くライト。
日はとうの昔に沈み、辺りは静寂と闇が包んでいる。
無意識のうちに下を向いて歩いていたらしい。道端に落ちた酒瓶のかけらや、紙などのゴミに目がいく。
(こんなに、汚い街だったか?)
あの日自分と友達が守ったこの街は。
この世界は、こんなにも汚かったのか。
そう考えると嫌になる。
「まぁ、もうどうでもいいか。」
1人大きくため息を吐く。
必死に押し殺して来た自分の醜い思いが、ルシファーによって自覚せざるを得なくなった。
いつかは自覚しなくてはいけない事だった。
それと同時に気が付いてしまった。
エレンに対しての自身の思いを。
自分はエレンの事を「好き」だと思っていた。
けれど、それは偽物だった。
心のどこかで、彼女を許そうとしていた。
彼女を好きになる事で忘れようとしていた。
誰のためでもなく、己のために。
己のした行為を正当化するために。
言うならば虚偽の愛。
つくづく自分が嫌になる。
「…っっ!!!」
自分の額を殴り、額からはポタポタと血が落ちる。
「ハッ…本当、嫌になるな。」
こんなゴミでも殴れば痛いし、血が出る。
自身の血のついた拳をみて、ライトは壊れたように静かに笑った。
「ライトくん!!!」
不意に聞こえた声に意識が現実へと引き戻される。
「…マリー様。お久しぶりです。」
声の方向にはマリーがいた。
ペコリと頭を下げるライト。
「教えて!一体何があったの!?」
良く見るとマリーの目は腫れていた。
きっと、つい先程まで泣いていたのだろう。
「エレン、帰ってくるなり、自室に篭って、私が聞いても何も答えてくれなくて!」
涙を流すマリー。
「そして、今日の朝、毒を飲んで…幸い、見つけるのが早かったから命に別状はなかったし、意識も戻ったけど…。それから何も食べないし、ずっと、ずっと、死にたいって呟いていて!」
ライトにしがみつくマリー。
「お願い、ライトくん。エレンを、エレンを救ってください…。」
「すみません…。俺じゃ無理です。」
そう言うとマリーを引き剥がすライト。
「そんな!お願い!お願いします!」
土下座する王妃。
幸い、時間帯的に公衆はいなかった。
しかし、王妃の土下座である。
自身の恥よりも娘の方がよっぽど大切なのだろう。
そんなマリーにライトは一枚のカードのような物を渡す。
ライトのいや、カイトのギルドカードだった。
「え…カイト=エスティーってまさか…。」
それを見て王妃が呟く。
「…それは差し上げます。僕にはもう必要ないので。」
そう言うとライトはその場から一瞬で姿を消す。
1人取り残されたマリーは全てを察した。
「ごめん…なさい…。」
王妃の呟きは闇にかき消された。
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