第20話 ライトの心

「ウソ…でしょ?」


シオンが青ざめながらライトに尋ねる。


「事実だ。それから、俺はお前の事も知っていた。ヨルンから直接な。」


淡々とした口調でライトが言う。


「アハハ…そうなんだね。」


「あぁ。その件に関しては俺もお前のことを恨んでいる。あの時、ヨルンがどれだけ傷ついたか。」


少し言葉に怒気を含めながら言い放つ。


「もう過去のことだ。その後ヨルンはニーナさんと結ばれることができた。お前がどう思おうが、それを非難する資格はない。」


「ちょっと!?ライト!そんな言い方!」


「良いよエレンちゃん。罵倒してくれた方がスッキリするから。それに、少し嬉しいんだ。」


「え?嬉しいって…」


シオンの言葉に反応してエレンが尋ねる。


「私に浮気されて、悲しいままで死んだんじゃなくて。ちゃんと、良い人を見つけて、子供も出来てから逝ったから…。」


そう言うとシオンはニーナさんと眠っている赤ちゃんを見る。


「…でも、でもね。最後に一つだけ、我が儘言わせて。」


そう言うと俯くシオン。

彼女の頬を涙がつたる。


「私を、私を選んで欲しかった…。私が、幸せに、したかった…。私が、傍に居たかった……」


泣き崩れるシオン。


彼女の悲痛な叫びが、響き渡った。





しばらくして——


「グスッ…みんな、ごめん。」


シオンが鼻を啜りながら呟く。

少しは落ち着いたのだろう。


「…ルシファー、俺たちを王国へ飛ばしてくれ。」


ライトがルシファーに指示を出す。


—が


「ほう?良いのか?で。」


「…どういうことだ?」


ニヤリとルシファーは笑うと、シオンとエレンを指差して答える。


「望むなら、主人殿に変わってその小娘2匹を妾が消し去ってやろう。」


「は?」


唖然とする一同。


「妾は其方と契約しておるのだぞ?分からぬとでも思うたか?」


「ど、どういうことなのっ!?ライト!?」


エレンがライトに詰め寄る。


「お、落ち着け。ルシファー、お前も何言ってるんだ!?」


エレンを制止しルシファーに尋ねる。


「フフフ、なら、逆に聞こう。ヨルンは何故死んだのだ?」


「は?…ベルゼブブに殺されたんだ。今更蒸し返すなよ、どういうつもりだ?ルシファー。」


「なら、聞き方を変えるか。ベルゼブブは殿殺したのか?」


「あぁ、俺たちで…」


「嘘をつくな主人殿。ベルゼブブは殿殺したのであろう。」


ライトの言葉を遮り、ルシファーが言い放つ。彼女の目は完全にライト達を見下していた。


「っっっ!!!」


目を見開き、ギリッと奥歯を噛むライト。


「え?どういうこと?」


目をパチクリさせてシオンが問いかける。


「そのままの意味じゃよ。殿1で殺したのじゃ。」


「は?」


ルシファーの言葉に固まる一同。


「驚くことでは無いだろう?主人殿は妾と契約出来るほどの魔力量を持つ逸材じゃ。復活直後のベルゼブブ程度なら造作もないじゃろう。」


「やめろルシファー。」


ライトはルシファーが何を言いたいのか察したらしい。制止の声を呟くが——


「全力の主人殿の闘いに、矮小な人間がついていけるとでも思うたか?英雄といえど、足手纏いでしかないぞ?」


「ルシファー!!!」


ライトが怒りの声を上げるも


「何を怒っておる主人殿よ。事実じゃろ。」


全く意に返さず、淡々と返すルシファー。


「あ、足手纏い…?」


震える声でシオンが呟く。


「そうじゃ。妾と同程度の魔力を持つ主人殿じゃ。最も得意な闘い方は決まっておるじゃろ?その膨大な魔力量に任せて小細工一切せずに叩き潰す。そんな主人殿の闘いにおいて、仲間など、邪魔でしかない。」


「ルシファー!、お前、それ以上言うな!」


「ベルゼブブと主人殿1人が闘っておれば、犠牲者はいなかった。しかし、足手纏いが来てしまったために、主人殿は全力を出せず、結果、その足手纏いは犬死にし——」


「やめろって言ってるだろ!!」


ダンッ!!!


ライトが高く跳躍し、ルシファーに斬りかかるも、彼女の纏うオーラの壁を破ることは出来なかった。


「妾は契約している身。主人殿が望まねば、其方らに危害を加えることは出来ぬ—が、其方らでは妾に擦り傷一つつけることすら出来ぬ。無論、今の主人殿も同様じゃ。」


ルシファーが目を細める。

この場にいる誰も彼女の言葉を遮ることはできない。


「馬鹿な男じゃ。全て主人殿に任せておれば済んだ話じゃったのに。」


「黙れ。」


ライトがルシファーを睨む。


「ほう?そう言うなら主人殿よ。もし、その茶髪の小娘が主人殿の友人を傷つけず、主人殿の元へ帰って来なかったら、友人はベルゼブブと闘わず済んだのではないか?」


言葉を詰まらせるライト。


「もし、その金髪の小娘が、依頼しなければ、主人殿1人で闘えたのではないか?」


「ルシファー!!!!」


ルシファーはエレンとシオンを見て言い放つ


「主人殿は心の底で憎悪しておるぞ。おぬしらを。特に、金髪の小娘の方をな。」


「え…?」


怯えた目でエレンがライトを見る。

「否定して」と頼んでいるように。


だがライトの口からそれは紡がれなかった。


何故なら——


ルシファーの言ってることは正しいから。


それを言われることで、自覚してしまったから。


ライトはずっと、ずっと気が付かないようにしていた。

ずっとずっと、押し殺していた。


シオンの元へとヨルンが行った時、一時的に『金色の向日葵』は解散していた。

もし、シオンが浮気せずに、ヨルンがライトの元へ帰って来なければ、ヨルンはベルゼブブと闘うことはなかっただろう。


だが、それならニーナさんと結ばれる運命はなかった。

『本当の幸せ』を掴むことは出来なかった。

そういう意味ではシオンに対しては嫌悪もあるが、感謝もあった。


しかし、エレンには——


エレンはベルゼブブの討伐依頼を出した。

ライト、いや、カイトではなく、ヨルンに。

パーティリーダーであるヨルンに依頼の指令書を渡すのは当然のことだ。しかし、時期を誤った。


あの日、ヨルンが死んだ日、本来なら


では何故、ヨルンとライトは闘ったのか。


答えは簡単。『金色の向日葵』の依頼は、、というものだったから。


ベルゼブブはかつて、初代勇者パーティに封印される前、王族に呪いをかけていた。

その内容は、王家の血を受け継ぐ者は40の歳を迎えた年の終わりに命果てる、というものだ。それはベルゼブブが封印されてもなお、続き、呪いを解く方法はベルゼブブを消滅させることだけだった。


今からおよそ一年前、エレンの母マリーの歳は40となり、呪いの影響によって謎の病に伏した。


あらかじめ呪いのことを聞いており、焦ったエレンは金色の向日葵に依頼をした。

ベルゼブブと王家の秘密をヨルンたちに明かさずに。


明かしてしまったら、彼らは焦らず、入念に事を進めるだろう。そうなれば年の終わりまで母親は苦しむ事になる。


そう危惧したからだ。


一刻も早く、母親を助けるために。


年終わりまで期限があるというのに、王家の緊急の依頼としてヨルンたちに通達させた。


元々、国もベルゼブブ討伐を考えてはいた。しかし、呪いの秘密を明かせば、世の中は混乱してしまうだろう。そう考えた国の上層部は、金色の向日葵を始めとする目ぼしい数パーティで対策しようとしていたが、それを理解しようとしなかったエレンによって、ベルゼブブの封印は解かれてしまった。


エレンを止められるバーナードも、不幸なことに、その時体調を崩してしまっていた。


その結果、充分な準備や対策を取る時間がライトたちには与えられず、依頼書が届いた翌日には、緊急ということもあり、ベルゼブブの封印を解くべく魔界へと旅立って行った。


そして約一週間後、マリーの病は治り、

それと同時に、1人の青年がこの世を去った。


王家の呪いをライトが聞いたのは、

全てことが終わった後だった。


「主人殿はその小娘を心の奥で憎悪しておる。文字通り殺したいほどにな。」


エレンを見下すルシファー。


「う、嘘よね…ねぇ、ライト…」


絶望の表情をしながらエレンがライトに尋ねるも、ライトは何も答えない。


「お願い…嘘だって、嘘って言ってよ…。ライト……」


「………すまない。」


ライトの言った謝罪の言葉。

即ち、それは肯定を意味した。


「…そんな…」


その場に座り込むエレン。

彼女の頬には涙がつたる。


「己の気持ちにようやく気付いたのぅ。主人殿よ。どうしたい?」


「……どうでもいいから、俺たちを王国に帰せ。」


俯きながらライトが答える。


「つまらんのぅ。まぁ、良い。人間どもを消したくなったらいつでも呼べよ?


そう言うとルシファーは杖を振るう。

紫色の光が全員を包み込み、

静寂が場を支配する。



「もう…死にたい……」



エレンの小さな呟きが、響き渡るほどに——

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