第8話 冥界の異変

昼食を済ませ、馬車に乗り込み出発するも、ライトはあぐらをかき、すぐに寝息を立て始めた。


「…ライト寝ちゃったね。」


ライトを起こさない様シオンが小さな声で呟く。


「本当ね。全く…、ムードってやつを理解してないわね。こういうのって景色を楽しむものじゃない?普通。」


エレンが文句を言う。


「…ならエレンちゃん、ライトに抱きつくの、やめよっか?」


シオンがジト目で苦笑する。


エレンはライトが寝たと分かるとすぐにライトの足の上に座り、ライトの腕を操作して抱きついた。

そして現在、エレンはライトと座ったまま抱き合っている状態である。


「…ライト、大丈夫かな本当に。近くにこんな獰猛な狼が居るのに油断しすぎじゃない?…。寝てる間に既成事実作られそうで、見てるこっちがドキドキするよ。」


シオンはため息を吐く。


((もう諦めろ。手遅れだ、ライト。))


ラインとレインの心中が一致した。




一方その時、ライトは、いや、ライトの『意識』は別のところにいた。

そして、彼の目の前には—


「主から来るのは久しぶりじゃの。どういった用件じゃ?」


巨大な玉座に座る天使、冥王ルシファーがいた。

ここは冥界の最深部、『冥王の部屋』である


「来たって言ってもお前と契約してることを利用して意識だけよこしてるだけだけどな」


召喚士の能力の一つ、交信。

基本的に、召喚士は魔獣を召喚した際、魔獣を元いた場所へ返すとき、自身も一緒に行くことができる。その力を利用し、自身の体ではなく、意識のみを持っていくことにより、契約した魔獣であれば、交信が可能である。しかし、交信するだけの知能を持つ魔獣は殆どおらず、ただただ契約した魔獣の様子を確認するためだけに使われることが多い。


「用件っていうのは、霊心草の件だ。」


霊心草、冥界に生息する草の一種。人間界では生息地は限られている。脳からの伝達を手助けする、要するに神経に働く作用があるため、認知症や記憶障害の治療に多く使われている。「脳抑制剤」の構成材料の一部であり、一応人間界でも採れるが、質や量はかなり落ちる。


「霊心草がどうかしたのか?」


「先日、とある事件があってな。霊心草が使われた。人間界で採れる霊心草は、今は採れる時期じゃない。その分価格も高くつくし、手っ取り早いのは冥界に採りに来ることだ。何か知らないか?」


「知らんな。第一、冥界の最浅部は普通に人間どもも来るからの。霊心草は主にそこからとっておるんだろ。」


霊心草は基本的に冥界ならどこにでも生息しているため、見つけることは簡単である。

序盤であればあるほど、人が入るため、質は落ちるが、それでも人間界産の霊心草より遥かに質は高い。


「…しかし、気になることはあった。」


不意にルシファーが顎に手を当てて考え始める。


「なんだ?」


「先日、霊界山に数百もの人間が入っていった。」


「は!?」


霊界山、危険度ランクAAの冥界の序盤の山である。現在、人類が(表向きに)冥界に入ることのできる最深部となっている。

そこで採れるのが『霊灰』。魂を人工的に作ることができる、超希少物質である。

しかし、出てくる死霊の数や強さも高く、Aランクパーティ複数ではないと、持ち帰ることはおろか、生きて帰ることが出来ないとされ、あまりのリスクの高さに、挑戦する者は殆どいない。


「無論、殆どが死霊たちに殺されたわ。しかし、霊灰は一部持っていかれたな。」


「っ!?!?」


(霊灰が持っていかれたとなればヤバいかもしれない!何かを蘇らせようとしてる…!)


「そう慌てるな。持っていかれたといってもほんの僅かだ。あの量では、人1人作り出す量も無いだろう。まぁ、寿命を考えなければ可能だがな。」


「……」


押し黙るライト。


「とにかく、気をつけるに越したことはない。主人殿、困ったら遠慮なく妾を呼ぶが良い。」


「…ハッ、暴れたいだけだろ。」


「…退屈しのぎにな。なんなら主人殿が相手してくれても良いが?」


怪しげな笑みを浮かべるルシファー。


「…遠慮させてもらう。『今』の俺じゃどう転んでも勝ち目はないからな。」


「フフフ、冗談じゃ。まぁ気をつけろ主人殿。其方の魂が冥界へ来るのはまだ見たくないぞ。それに妾がまた、退屈さに耐え切れず人類へ攻め込むかもしれんしの。」


「…余計なお世話だ。」


そう言うとライトの姿が霞んでいく。

ライトが交信を終了させたのだ。


「…つれないのう。」


残されたルシファーはため息を吐く。


「それにしても退屈じゃ。あの時、契約するんじゃなかったわ。さすれば…」


あの日のライトとの出来事を思い出し、後悔するルシファー。


「…全力の主人殿と殺し合えたかもしれんからのぅ。」


そんな夢のような光景を想像し、ルシファーは1人黒い笑みを浮かべた。



「……ん、…ふぅ。」


ライトの意識が覚醒する。

と同時に感じる自身への重み。耳元の寝息。


エレンがライトに抱きついたまま寝ていた。


「…おい、これ、どう言う状況?

てか、とりあえずエレン離したいんだけど手伝ってくれない?」


そう残りの3人に頼むも——


「「「諦めろ」」」


満場一致で拒否され、ライトは深くため息を吐いた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る