第9話 胸に秘めた思い

馬車は国境を越え、フロン帝国に入った。

が、既に日は暮れてしまっていた。

5人は馬車を止め、近くの街へと入る。

国境付近ということもあり、宿が大量にある、大きな街だ。

フロン帝国首都デザンには明日入る予定で、今日は予約していた宿に入り、休むはずだったが…


「「ライトぉぉぉぉ!!ついてきてくれぇぇぇ!!!!」」

「だぁぁ!!泣きつくな!!五月蝿い!!暑苦しい!!」


学園から無許可で来た双子に、宿の予約などされておらず、しかも運悪く、今日は殆どの宿が満席状態。

要するに野宿をしなければならないのである。


「馬車で寝ろ!馬車で!」


「「お化けが出たらどうすんだ!!!」」


涙目で叫ぶ双子。

齢18の男2人が、お化けが怖くて寝られないらしい。


「アホなの!?お前ら今自分たちがいくつだと思ってんの!?そんな要求通るわけ…」

「ライトも野宿の方が良いと思うよ?」


不意にシオンがライトの耳元で小声で話す。


「はぁ!?なんで!」


「ん、見て。」


シオンはそう言うとライトに一枚の紙を手渡す。宿の料金請求書だ。


「…どこか問題でもあるのか?確かに値段は高いけど、既に支払われてい—」


「部屋割り。1人部屋と2人部屋。」


「…?そうだな。『俺』と『お前ら2人』で分かれればいいじゃないか?」


キョトンとするライト。


「…バカね。『アレ』見なさい『アレ』」


シオンの指さしたところにいたのは——


「ようやく、ようやくライトと……」


赤くなった頬を両手で抑え、ニヤニヤしているエレンだった。


「…『アレ』は完全覚悟決めた感じだわ〜。あんな狼止められる自信、ウチには無いよ?」


「野宿にします」


事情を理解した瞬間、踵を返し、ライトは泣きつく双子へと慈悲の手を差し伸べた。








「とりあえず聞きたいんだが」


馬車の中で毛布に包まるライトに、ラインが尋ねる。


「…なんだ?」


「お前、冒険者をやってたらしいな?結構有名だったんじゃ無いのか?」

「それな!トランさんとニーナさんに恩人って言われてたし…」


「…いいや。パーティには入っていたが、そのパーティはFランクだったぞ。トランさんたちに感謝されるのは…たまたまだ。」


「「嘘つけ!!」」


「本当だ。まぁ個人ではちょっと違うがな」


「「?」」


首を傾げる2人。


「…まぁ、とりあえずあの2人とは縁があったってことだ。特にニーナさんは俺やお前らのお姉さんみたいなものだしな…。」


そう言うと瞼を閉じるライト。

これ以上話す気はないらしい。


静けさが3人を包み込む。

このまま静かに朝を迎える——ということはなく、突然、馬車の周りを大量の死霊たちが囲んだ。


「「な、なんだこれ!!」」


ラインとレインが驚愕の声を上げる。


大小形様々な死霊が馬車を取り囲む。

その数、約数百。

辺り一面が死霊に埋め尽くされ、血走った目でこちらを見て、どんどんと近づいてくる。


やがて馬車内へ乗り込む死霊たち。

お化けが苦手な双子は震えながら友へと助けを求めるが…


「ラ、ライト助け…!?」

「え!?あれ、ラ、ライトは!?!?」


そこにライトの姿はなく、動揺している2人に死霊たちは手を伸ばし——


あまりの怖さに双子は白目を剥いて気絶した


「…ちょっとやりすぎたか?」


馬車から数メートルのところで様子を見ていたライトが指を弾くと同時に死霊たちが消える。


ライトの幻覚魔術だ。


「ま、昼間のお返しだ!」


エレンをどかすのを手伝ってくれなかったことに対しての報復。どこまでも器の小さいライトだった。


「…でも、こんな程度でビビんなよな…。天下の王立学園の生徒だろうが…」


ライトが苦笑する。


「そうね。将来私の下僕となる人間とは思えないわ。」


「下僕下僕って…お前本当にいい性格してるなマジで。そんなんじゃ嫁の貰い手いないぞ?」


「貴方に言われたくないわ。それにライトが貰うから大丈夫よ。」


「勝手に決めんな。」


「「………」」


沈黙。


「…え?なんでいんの?エレン。」


「昼間寝ちゃったから眠くないの。だからライトの部屋に『遊びに』行ったのに居なかったから探しに来ただけよ。」


絶対『遊びに』じゃないだろ…。


「…はぁ。」


ため息を吐いてその場に座るライト。

エレンも隣に寄り添う。


満面の星空の下、虫の音が響き渡る。

沈黙が場を支配していた。


「…ねぇ、ライト。ライトって少し前、冒険者をしてたのよね?」


「あぁ、そうだが?」


「『金色の向日葵』って知ってるわよね?」


「…、あぁ…。」


「…シオンは、私のせいで…。ヨルンと会えなくなってしまったの。」


俯きながらエレンが話す。


「魔神ベルゼブブの討伐依頼を彼らに出したのは私なの。病気のお母様とお父様に代わって。」


「…そうなのか。」


「凄く後悔してる。シオンの、彼女の想いを聞いて、私は…とても償いきれない事をしたって…。私のせいで、私のせいで…っ!」


エレンの瞳から雫が落ちる。


「…お前のせいじゃないさ。アイツは、ベルゼブブは『金色の向日葵』じゃなきゃ倒せなかった。いつ、誰に依頼しようと結果は変わらなかっただろう。むしろ、初めにに来てくれたから、無駄な犠牲が減ったんだ。」


「でも!それでも!!」


「…分かってる。けど、綺麗事には必ず犠牲が付き物だ。仕方がなかったんだ。もう『過去』のことだ。気にするな。」


「…ねぇ、ライト…。」


「なんだ?」


「ずっと、ずっと…、貴方に聞きたかったことがあるの。」


「………言ってみろ。」


おそらく、自分の過去の事だろう。

隠す気はない。むしろ、エレンには知って欲しい、そんな思いさえライトにはあった。


空を見上げると星の海が広がっている。

小さな、綺麗な光が2人を照らしている。

まるで、全てを曝け出す様に、幻想的に。


(コイツには…もう隠し事は出来ないな。)


ライトがエレンの目を見る。


見つめ合う2人。

エレンが深呼吸して、満を辞して言葉を紡ぐ。




















「ライトってロリコンなの?」









「ゲホッッッ!!」







あまりに場違いな質問にライトが吹き出す。


「お前!?今聞くこと、それ!?雰囲気考えてくれない!?こっちは結構真面目に腹括ってたんだけど!?!?」


ライトが凄い剣幕でエレンに詰め寄る。


「だ、だって!!ずっと悩んでたのよ!?私!!!!今までを振り返ってよ!?アンタ完全なロリコンじゃない!!!!」


エレンもライトに怒鳴り返す。


ギャーギャーと大声で喚きながら喧嘩する2人


側から見れば犬猿の仲。


しかし、エレンは——


(こんなに、こんなに自分を曝け出せるのって、ライトだけよね。)


こんなに醜い私を見捨てずに、優しく包み込んでくれる、誰よりも優しくて何よりも愛しい私の王子様。

これまでも、これからも、ずっと——。


「…はぁ。何んだかどっと疲れが来た。」


「奇遇ね。私もよ。」


「…戻るか。」


「えぇ。」


そう言って2人は宿へと歩き出す。


「…ねぇ、ライト。今晩、一緒に寝てもいい?何もしないわ。…お願い。」


寂しそうな表情をしたエレンがライトへと頼む。心なしか目には薄らと涙が浮かび上がっていた。


「…今日だけだぞ。」


そう言うと、ライトはそっとエレンの手を取り歩き出す。


ライトの優しさに微笑むエレン。


静かで心地いい時間が彼らを包み込んだ。



















「…ねぇ、まだ答え貰ってないんだけど?」


「…なんのだ?」


「ロリコンの。」


「……。ムード台無しだよ馬鹿野郎…。」


ライトの悲痛な呟きが静かな夜の街にに響き渡った。

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